卒業式準備

「……画鋲足りないハコごとちょうだい‼」

「いいけどもうすぐ無くなっちゃうよ‼」


「花飾りもっと人手ほしい!」

「掲示板終わったからそっちまわる‼」


「昇降口メンは‼ まだ来てないの⁈」

「祝電貼り付けでとまどってるッ!」

「政治家、教員、その他の順で貼るよう伝えて!」


 ――修羅場だぁ……。


 俺はため息をついて、腕の中のビニール袋をガシャガシャと鳴らす。

 3年A組の教室は花や黒板アートで埋め尽くされようとしていた。

 飛び交う声は全て女子の物だ。

 それもではなく、である。





 卒業式前日。

 2年生の女子たちが腕をふるって学校を飾る今日この日に、なぜ明らかに場違いなゲーム少年……つまり俺……が混じっているのか。

 その原因は一言で完結する。



『第一希望、黒板アートにしよwww』

『俺もw お前もやるよな?』

『さんせ~、俺の優れた芸術センスの見せ所だな……www』



 野郎どもの悪ノリ。


 ……いや、想像してみろ読者の諸君。

 入るとは思わんだろ普通っ!





 ジェンダー平等が大切にされるこの時代。

 あまりにも男女比率が偏っているとPTAに怒られるよろしくないらしく、人数調整のために放り込まれたのだ。

 ちなみに俺以外に男子はいない。


 おしとやかなあの子や、ちょっと天然なあの子。

 全員が声を荒げて走り回っているこの教室は、さながら即死攻撃持ちのエネミーが跋扈ばっこする裏ステージだ。

 心の底から帰りたい。


 ドアの前で二の足を踏んでいた俺は、後ろから忍び寄る人間に気付かなかった。


「……おい」

「………………」


 背中を冷たいものがつたう。

 がくがく震えながら振り返ると、黒板アート係のリーダーが。


 ――詰んだ。


「仕事サボんなバラはよ渡せや‼」

「すんませんここにあります画鋲とチョーク貰ってきます!」


 折り紙のバラを半ば押し付けるようにして、俺は教室を飛び出す。

 芸術センスが優れている俺が黒板アートを手伝っても、足手まといになるだけだ。

 そのため俺は、教師に相談して人手を補充してもらったり、足りなくなった用具を運んできたり――いわゆる『何でも屋』になっていた。





 階段を駆け抜けて突き当たりまで走り、自分の教室に駆け込む。

 ――チョークは……まだあるな。画鋲は職員室から貰うか。

 箱を抱えて教室を出ようとしたとき、


「ふぁ~重かった‼」

「指がちぎれるかと思った……」


 成長期で背の高くなった男子と、落ち着いた雰囲気のメガネ男子。

 俺がいつもつるんでいる2人が歩いてきていた。


「「「あ」」」


 ……この、


「お前らぁっ‼ 黒板アート第一希望にしなかっただろ‼」

「さすがにバレたか☆」

「クソ……家帰ったらFPSデスマッチだ。全員ボコしてやる」

「ちょ、それだけはマジで勘弁‼」

「これ以上ランク下げたくないんだって!」





 お決まりのやりとりの後。

 廊下を歩きながら、俺は一番気になっていることを聞いた。


「お前ら、仕事サボってんの? 何の役割だっけ」

「僕たちは大道具。ピアノ運び終わったから、他の仕事手伝いに行けって追い出された……」


 そう答えたのはメガネだ。


「んで、手伝いもせず帰ろうと教室に戻ってきてたと。

 ……図星だな? ぐうの音も出ないか」

「「ぐう……」」


 出ちゃった。

 続けてノッポが、


「お、俺はちょーっと水筒飲みに来ただけだし……」

「お前はアルミを飲むんだな。スチールも飲めるのか?」

「だぁっ! 揚げ足を取るんじゃありませんー‼」


 俺が教室飾りのメンバーになったことを告げると、ノッポが楽しそうに言った。


「女子たちと一緒に働いてるってこと⁈ ハーレムじゃねぇか!」

「……ライオンのメスに囲まれた状態をハーレムと定義するなら」

「「おぅ…………」」


 2人は某有名ゲームの擬人化キノコみたいな声を上げる。


「まぁなんだ、ご愁傷さま」


 メガネが哀れんだ目でこちらに手を合わせた。


「……お前らもいればみちづ、生贄いけにえにできたのに」

「更に過激になってますぜ」


 それを聞いたノッポが、似合わない真面目な顔で口を開く。



「にしてもさー。

 お前、不満じゃねぇの?」



「――は?」


 何言ってんだこいつ。


「いやだって、同級生とはいえこき使われてんだろ? 

 花飾りとか黒板とかは女子で、自分はずっと雑用係ってさ……なんか、なんか嫌じゃね?

 目立てねーってか頑張れねー? ちょっと違うけど……」

「――――おいてけぼり、って感じがする?」


 メガネがノッポの言葉を補う。


「そーだ、それだわ! おいてけぼり‼

 俺ならふてくされて、仕事なんかほっぽり出してるね」

「……まあそこは僕も同意見。

 役立たずだって言われてるみたいで、ちょっとムカつくかな」


 メガネが珍しくノッポをフォローしている。

 俺はそんな友人達を見て――。




「…………ぷっ、」


 思いっきり吹き出した。


「はっはははっ!

 変な顔で何を言い出すかと思えばっ、そんなことかよ‼」


「――はぁ⁈

 こんなイケメン滅多にいねーわ、鏡見てこいネトゲ廃人!」

「まぁ落ち着けよ。

 心が汚いお前らは、どうせ彼女できないし」

「体育館トイレみてーに心の穢れたヤツがなんか言ったか!」

「失礼な。せいぜい成田空港のトイレだろ」

「めちゃくちゃ綺麗だな‼」

「まずはトイレであることに違和感を持とうか⁈」





 笑い転げた後、俺は震える腹筋を抑えながら肩をすくめてみせた。


「不満? ――ねーわけねーだろ。

 聖人君子じゃないんだからさ。

 俺だって花形、やりてえよ」

「じゃあなんで……」

「だってさ。だってよ?

 平等とか考えたら、全員に活躍の場を与えるべきかも知れないけど。




 それじゃじゃなくなるじゃんか」




「あ……」

「俺たちがやるべきなのは、『最強のメンバーで、いっちばん完成度の高い卒業式にして、3年の背中を押し出すこと』。

 なのに――俺らの勝手な都合で、前線メンバー変更して、じゃなくなったら意味ないじゃん?


 好きなキャラばっかでパーティー作っても、どっかが偏るのと同じ。

 誰かは絶対『控え』にいなきゃいけない。

 俺は控えにいても、今はそのおかげで最高の攻撃力が出せてるって思ったら――いや悔しいけど! 

 ちょっとだけ、嬉しいんだよ」




「……………………」

「………………なんか、わりぃ」


 2人がほんの少し、気まずそうな顔をした。


「……あー、あ~~っ‼

 こんなところに階段が。

 さっさと戻ってこき使われてくる!」



「――あのさ‼」



 僕の背中に、メガネの声がぶつかった。


「…………画鋲って、足りてるか?」


 おっと、


「そうだ画鋲‼ 取ってくんの忘れてた……職員室にあるかな……」

「職員室に画鋲はねーぞ?」


 ノッポが当たり前みたいな口調で言う。


「――はぁ⁉ 『それ常識だけど』みたいな口調で言われても!

 なんで知ってんだよ‼」

「俺、学習委員だし」


 ……そういえばこいつ、学習委員会でよく備品の補充してるんだった。


「職員室って大体ホワイトボードだし、磁石しかねーよ?

 階段の倉庫ならあると思うけど……」

「…………体育館のヤツらが画鋲いっぱい持ってってた。

 何個ぐらいいる?」

「折り紙がまだ貼れてなかったから……50は余裕でないと困る」

「じゃあ、僕が体育館に走って画鋲分けてもらってくる」


 そう言うと、メガネはノッポを見て小さく口角を上げた。


「――学習委員なら倉庫のカギくらい貰えるでしょ?

 それとも……階段裏が怖いのかな?」

「……何だと⁉

 100個でも200個でも持ってきてやるよ!

 お前なんかより先にな‼」


「2人とも……」


 階段に夕日が差し込む。

 一斉に駆けだそうとするバカ友たちを、今度は俺が呼び止めた。

 振り返るより先に、その言葉をぶつける。


「……サンキューな!」






 投稿時はもう4月だ。

 卒業シーズンなどとっくに過ぎている。

 なのにわざわざ投稿を待ったのは――入学シーズンまで待ったのは、伝えたいことがあるからだ。



 卒業式の主人公は、当たり前ながら最上級生である。

 そして在校生は主人公のために、最高の布陣で、最強の攻撃を繰り出すのだ。


 自分の卒業式で泣け、なんて理不尽なことは言わない。

 未来の下級生へ感謝してほしい訳でもない。


 ただ――もしも、この物語が一瞬でも心に残ったのなら。

 どうか覚えていてほしい。

 僕らやあの愛すべきバカたちのように、パーティーの『控え』がいたことを。


 そして、諸君が彼らのためにできることは、ただ一つ。




 憎たらしいくらいに堂々と、己の青春を過ごすのだ。

 そして図々しく卒業してやるのだ。

 そうでなければ……我々が報われないというものである。





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三月学生卒業闘争 秋雨みぞれ @Akisame-mizore

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