卒業生を送る会
クリックしてくださった皆様。
卒業生を送る会、というものをご存知だろうか?
「もういやぁっ‼」
わたしは悲鳴を上げる。
目の前には、学校で配布されたタブレット端末。
見た目からは分からないが、そのストレージは3年生の写真データでいっぱいのはずだ。
新種の疫病が世界中でまん延し、
その後日本政府は、『誰も取り残さない学習』を目標として、【全国の小中学生全員に情報端末を配布する】という、思い切った政策を行った。
おかげで我々は自分のペースで勉強ができるようになった。
ネット上には学習用のサイトが数多くあり、苦手分野を集中的に学ぶことができる。
当初はゲーム漬けになることが懸念されたが――正直に言ってこのタブレット、ゲームをダウンロードできる
再度言おう。
行を空けて言おう。
容量がないのだ。
その状況で、教師どもが「卒送会で思い出を振り返る動画を作ったら?」などと無邪気に言えばどうなるか。
「重すぎて動画入んないんですけど‼
ここから音源付けて全員分の動画繋げるとか正気か?
うちの学校******(言論弾圧)⁉」
容量不足で蟻地獄に陥る。
ちなみに卒送会とは『卒業生を送る会』の略称である。
もちろん私たち生徒も、1つのタブレットで作るような愚か者ではない。
卒送会員(卒送会実行に関わる、選ばれし生徒たちのことである……)で分担作業し、それぞれ別の写真をダウンロード。
それぞれで動画を作成し、それをクラウド経由で1つの端末に集結させるという方法を取った。
音源は学年主任が個人的に購入したものを、クラウドにアップロードしてある。
教員たちの協力で、転任していった教諭たち――『お世話になった先生からのメッセージ動画』も撮影・アップロード済みだ。
つまり材料は揃っている。
揃っているのだが……。
「必要ない写真は全部削除したし……なんならプライベートで入れた写真も消したのに。
うう、わたしの最推し……卒送会終わったら戻すから……」
〈ストレージが不足しています。
設定画面から【ストレージ】をタップし、不要なデータを削除してください〉
見慣れたエラー表示が出る。
この画面、8回は見た。
「不要なファイルも写真も全消ししたよ……。
こんなん夜中までかかるじゃん。
何だよこの一切使わないアプリ…………日本政府は*****(蛮社の獄)」
時刻は既に9時近く。
いつもなら、ゲームで中ボスを1体撃破している時間だ。
日々のストレスを解消する至福の時間が、今日は仕事に使われている。
立候補したのはわたし自身だ。
仕事は責任もってやり遂げなければならない。
「――――ああ、もうやめようかな」
しかしわたしは独りごつ。
今ダウンロードしてある動画だけでも、パっと見は問題なく作れるだろう。
1番必要なのは先生からのメッセージだ。
それと体育大会や文化祭の動画があれば十分、『思い出を振り返る動画』としては成立する。
なら――これ以上時間を割くのは、無意味。
そう思い、椅子から立ち上がった時。
「ん……」
机の横、カバンなどを掛けてあるフックから何かが落ちた。
赤色の太い紐だ。ところどころに結び目があり、片方の端は輪状になっている。
わたしと同じ道の者なら分かる……はず。
これは通称『ヒモ弓』と呼ばれるもので、弓の引き方を身につけるため、弓道部員全員が最初に作るものだ。
『弓道では腕力ではなく、全身を使って弓を引かなければ
たしかこれは……前任の女子部長に教えられたこと。
そして、今の女子部長はわたしである。
我が校の弓道部では、部長は指名で決まる。
彼女が次の部長にわたしを指名したのだ。
指名して――信用して、くれたのだ。
「…………もうちょっと、調べてみるか」
スマホを取り出し、ネットの海に潜り込む。
何か、打てる手があるはずだ。
片っ端からサイトを漁るわたしに、父親が声をかけてきた。
――キャッシュって知ってるか、と。
「……何それ?」
いわく、閲覧したサイトの情報を保存するシステムらしい。
一度見たサイトの画像やら文章やらを保存しておいて、再度見ようとした時の読み込み短縮ができるとか。
その分、容量を知らないうちに喰っているとのこと。
父親が設定画面を開き、少しいじくる。
そしてもう一度、クラウドの動画をダウンロードすると。
〈ダウンロード完了〉
「…………父さん。
今初めて、父さんを見直した」
――明日早いから俺は寝るよ。お父さんはクールに去るぜ。
「やかましわ」
ともかく、これで全ての動画が繋がった。
時間も限界の15分ギリギリに抑えられている。
『先生からのメッセージ』の動画時間が、
打ち合せ時→5分
実際→10分
だった時は流石にキレかけたが、ところどころカットして強引に収めることができた。
「これで終わり――あ、そだ」
わたしは思い立って、スライドを1つ追加する。
数秒ならオーバーしても何とかなるはずだ。
オレンジ色の背景に、テキストボックスを挿入。
「今度こそ完成! つ~かれたぁ~っ‼」
タブレットを机の上に置いて、わたしは歯を磨きに向かう。
少し遅くなってしまった。
けれど……今夜はきっと、よく眠れるだろう。
『ご卒業 おめでとうございます』
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