本編

第一話


 テトラポッドに座りながら水平線へ沈みゆく夕日を眺めていたら後ろから声がかかった。


 「なんか嫌だね」


 振り返れば栗色のくせっ毛が肩まで伸びた少女が夕陽に照らされている。


 頭では駄目だと分かっていてても心が奪われる。


「なにが?」


 形容し難い感情を無理に抑え込んで平静を装う。


「あっという間に今日が終わっちゃう。昨日もあっという間だった。一昨日だって、その前の日だって」


 アヤはこちらに寂しそうな笑みを浮かべて続ける。


「皆で過ごせる最後の夏休みも、あっという間に終わりそう」


「しょうがないだろ。いつまでも子供のままでいられるわけじゃないんだし」


 強がりしか言えない。


「私はいつまでも4人一緒に居たい。今まで通り、これからも」


(よく言うよ。自分から"今まで"を壊したくせに)


 心の中で悪態をつく。


 けれど本当は悪態をつきたくてついてるわけじゃないのだ。


「お二人さん、なにやら秘密の話してる?」


綾のさらに後ろから声がかかる。


「ミキトっ」


アヤが振り返る。


 夕陽を反射し輝いていたアヤの瞳が一番見たくない色に変わる。


「あれ?邪魔した感じ?」


「違う違う。ずっと皆と一緒いたいなって話してたの。ねっ、トーマ?」


 アヤに笑顔で同意を求められる。


 以前まではその笑顔だけで幸せな気分になれたのに、今じゃ苦い感情が胸を掻きむしるだけだった。


「なんかアヤが1人で勝手にセンチメンタルになってやんの」


こんな気分じゃ茶化した返事しかできない。


「ちょっとトーマ〜?」


「はははっ」


「もう、ミキトも笑わないでよ」


 絵になる様を見た瞬間、2人が裸で絡み合う光景がフラッシュバックする。


 聞きたくもないアヤの嬌声が耳の中を反響する。


苦くて苦しい。


「どうした?」


 こちらの異変に気づいて直ぐにミキトが声をかけてきた。


 中途半端にこちらの様子を察せられる幼馴染という関係がかえって厄介だった。


「なんでもない」


 子供じみた返事をする自分に嫌気が差す。


「具合でも悪いのか?」


 ミキトは続けてこちらの心配をするが、それがむしろ気分を逆撫でしてきた。


「大丈夫だってば!」


 声を荒げた瞬間やってしまったと思った。


 どう考えてもなんでもない奴がする反応ではない。


 ミキトもアヤも目を丸くしてこちらを見てる。


 頭の中で必死にどう弁解するか考える。


 けれど上手い言い訳が思いつかず、言い逃れできないほどの間が空いてしまった。


「ごめん…」


「…どうしたのトーマ?何か嫌なことでもあったの?」


 アヤの大人びて綺麗な瞳に心配される。


「困ってるなら力になれないか?」


 ミキトだって優しく、かっこよく心配してくれる。


 こいつらのいつの間にか手に入れていた"大人"が羨ましくて眩しい。


 水平線に沈んでいく西陽と同じように眩しくて見ていられないのだ。


「…ごめん」


二度目の謝罪。


 不器用で幼稚な俺は取り繕うこともできず、差し伸べられた手を振り払ってしまう。


 気まずい沈黙。


 


バシャッ


 突然、背中に衝撃が訪れた。


 それと同時に背中一面がじわぁっとぬるい感触が広がる。


「がはは、隙あり!」


 振り返えれば『にひっ』と悪戯な笑みを浮かべた少女がいた。


 視線を落とせば風船の欠片を中心にテトラポッドに水が広がっていた。


 水風船を投げつけられたのは明白でワナワナとお腹の底から煮え上がるものを感じる。


「おい!こらヒナツ!!!」


「きゃっ、トーマが怒った〜!」


 声を荒げて煮え上がったものを吐き出す。


 そして、抱えていた行き場のない感情もどこか遠くへ飛ばすように。


 消えてくれ、こんな思い。


 消したくない、抱えた想い。


 今はヒナツが心のどこかで救いになっていた。


 


 俺は…




 アヤが好きだ










『夜明けの水葬』




ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


「雀色(すずめいろ)」


 思考の海に溺れているところを教師に引き上げられる。


「はい?」


「問題…解けたか?」


 呆れた様子で教師が腕を組んでいる。


「あーいや、まぁ…あはは…」


「わざわざ夏期講習に来てるのにボーっとばかりして。なにをしとるんだお前は」


 元々卒業後の進路は自営業を引き継ぐつもりだったが、急遽大学受検を目指すことにした。


 だが意を決して高校の夏期講習へ足を運んだはいいものの、脳内で繰り返されるトラウマで全くといっていいほど身が入らなかった。


「あれ?他の生徒は?」


 辺りを見渡すと夏期講習を共にしていた生徒たちが誰1人いなくなっていた。


「とっくに問題解いて帰ったぞ」


 問題が解けたら帰っていいと最後の課題を課せれていたことを今になってようやく思い出した。


「はぁ…、ねぇ先生」


「ん?」


「先生の初恋っていつ?」


 少しでも抱えているものを軽くしたくてそんな質問をする。


「…なんだお前、初恋でもしてるのか?」


 問題が手につかなかったのはそれが原因なのかと少し呆れたような表情を浮かべられる。


「恋してるっていうか…失恋したっていうか」


「…フラれたのか?」


 呆れた表情が一転、教師の瞳が同情の色に染まっていく。


「フラれた方がまだマシだったかも」


「?」


「見ちゃったんすよ」


「なにを?」


「片想いしてた相手が別の男とセックスしてるとこ」


 そう。


 目指すつもりもなかった進路を目指すようになったのはその事件が起因していた。


 夏休みに入る前の終業式の日。


 終業式が終わりホームルームも終わったので、どこか遊びに行こうと幼馴染である明日原 綾(アスハラ アヤ)と吉林 幹人(ヨシバヤシ ミキト)を探して校舎を歩き回っていた。


 すぐ見つかるだろうとタカをくくっていたから連絡せずに探し回ったが一向に見つからないので痺れを切らして空き教室の前でラインを送った。


 すると誰もいないはずの空き教室からラインの通知音が2つ鳴り響く。


 偶然にしては出来すぎたタイミングだと思い、空き教室に2人がいると推測した。


 あの時覗かなければと何度も後悔する事になるとは知らず、確かめるように空き教室を覗いた。







 そしてそこにはこの世で一番見たくない光景がそこに広がっていた。






「あー、それはまぁ…、なんだ…。…キツイな」


 思ってもみなかったことだったのか、言葉を選びに選んだ様子だった。


「はあぁ…マジで不可抗力だったんすよ」


 制服を乱しながら絡み合う2人を見た時、頭は真っ白になっているのに胸中がぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。


 アヤとミキトともう1人、晨朝 陽夏(シンジョウ ヒナツ)。


 3人とも物心つく頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だが、中でもアヤへの気持ちは特別なものだった。


 中学に上がる頃からどんどんと綺麗になっていくアヤに心が奪われていた。


 何度も何度も告白しようと悩み続けたが、結局意気地無しの自分は居心地の良い幼馴染の関係をダラダラと続けてしまった。


 もちろんいつまでも関係に甘えていた自分が悪いのはわかっていた。


 アヤは魅力的だ。


 何もしなければ自分じゃない誰かと付き合うのは時間の問題だった。


 いやむしろ今までなぜ彼氏が出来なかったのか、疑問に思わなければいけなかった。


 そしてその疑問の答えがミキトだということに気がつくべきだったのだ。


 どこかの知らない男にアヤを取られたなら

きっと嫉妬していただろうが、相手がミキトとなると話は別だった。


 ミキトも幼い頃からの親友で男の自分から見てもカッコ良い。


 皮肉にもアヤと付き合ってもいいと思える唯一の男がミキトだった。


「そんなもん見たいやつなんていないよ。…もう事故だったと割り切るしかないな」


「そう割り切れるもんでもないんすよぉ」


 もちろんミキトのことは認めてるし、アヤと付き合うのも納得できる。


 だがミキトが羨ましいのも事実。


 羨望、嫉妬、祝福、失望。


 ミキトとアヤのセックスを見た時からずっと、自分でもわからないくらい複雑な感情が渦巻いていた。


「気持ちは分かるが、それ終わらせないと帰れんぞ」


 空白の答案用紙を指差して注意する。


「ですよねぇ…」


 雑念混じりになんとか問題を解き終わるが、本来の終了時刻よりも1時間も過ぎていた。


「…ん、まぁ時間はかかりすぎだがそれなりに正解はしてるな。色々考えることもあると思うが答案スピードをあげるように意識しろよ」


「はい…。先生付き合ってくれてありがとうございます」


「頑張れよ、雀色」


 明らかに含みを持たせたような激励だった。


「はい…」


 机に散らばっていた筆記用具をまとめ教室を出る。


 そのまま校舎をでるとうるさいくらいのセミの鳴き声とじめっとした暑さに襲われる。


 校舎を出てまだ1分も経ってないのに汗が滲み出てくるような暑さだった。


 早く帰ってシャワーを浴びたいと、自転車置き場へと向かうと見知った顔がそこにいた。


「あれ?やっぱりトーマじゃん」


「ヒナツ?」


「トーマの自転車あるから不思議に思ってたんだよね。なんで夏休みなのに学校いんの?補修?」


「ばーか。お前と一緒にすんなし」


「はぁ!?ウチだって補修じゃないし!」


「そっちこそなんで学校いんの?」


「いやぁ忘れもんしちゃってさ。さっき取りにいってたところ」


「今更〜?夏休み始まって1週間経ってんぞ」


「うっさいなぁ。…あっ!てか話逸らさないでよ!なんでトーマ学校なんかいんのさ」


「なんでいるのか当てたらおしえてやるよ」


「むかぁー!教えろよ!」


「やだね」


「ほんっとむかつくなぁ…。それより今から帰り?」


「まぁな」


「じゃあちょっと待っててよ。荷物とってくるからそしたら一緒に帰ろうぜ〜」


「いいけど早くしてくれ。暑さで溶けちまう」


「りょーかい!」


 相変わらずの眩しい笑顔で敬礼の真似事をするとそのまま小走りに校舎の中へと消えていった。


「元気だなぁ…」


 その背中を眺めていると余計に暑くなってくるようだった。


 意味もなくただ青い空をボーッと眺めて待つ。


 今は余計なことを考えたく無かった。


「おまたせーっ」


「ん…。おう」


 5分ほど経つと藍色の弓袋を担いだヒナツがやってきた。


「忘れ物ってそれ?」


「うん。一昨日引退式だったからね」


「…あー、だから今日取りに来たのか」


「そーゆーこと」


 なぜか自慢げな表情をしていたが、全くもって意味がわからなかった。


「なるほどね。それにしても惜しかったよな」


 関連して思い出したのはヒナツの高校生最後の弓道大会の事だった。


「しょうがないよ実力不足だもん。ミキトやアヤにも応援してもらったのに申し訳ないなぁ」


 あと一本当たれば上の大会へ出場できたのだが、残念ながらそれは叶わなかった。


「そーいえばミキトとアヤ、なにしてんだろうね」


「…。…さぁ?」


 ぐにゃりと心が歪み、形容し難い不快感に襲われる。


「せっかくの夏休みだし、みんなでどっか行きたいよね」


 そもそも何故、ミキトとアヤは打ち明けてくれないのだろう。


 隠し事するような仲じゃないと思ってたのに、さらに裏切られたような気分になる。


 実際のところミキトとアヤが付き合っている事実もさることながら、それを隠されていることもかなりのショックを与えていた。


(まさか、ただセックスするだけの関係だから言ってないとか?)


 流石にそんな奴らじゃないと信じたくなり馬鹿げた予想を振り払う。


「おい」


 肘で小突かれる。


「んだよ」


「んだよ…じゃなくて。話聞いてないだろ」


「あぁわり」


「ここ最近トーマずっと上の空だよね。…なんかあった?」


(いっそのことヒナツに打ち明けてみるか?)


 見た事実をありのまま伝えたとして、ヒナツがどう思うのか正直わからなかった。


 俺みたいにショックを受けるかもしれないし、俺とは違って2人を素直に祝福するかもしれない。


 あるいはもう既に知っていると答えるかもしれない。


 それは流石に傷つく。


 それにアヤへの積年の想い抜きでは今の心情は説明できない。


「ウチに相談できないこと?」


 ヒナツがどこまで悟っているのか知らないけど、今はまだ打ち明ける気分にはなれない。


「相談…できなくもないけど、正直何をどう話したらいいか分かってない」


「そっ…か。いいよ、話せるようになったら話してね。何があってもウチはトーマの味方だかんね」


「さんきゅ」

 

 不意に歩きながら押していた自転車に抵抗を感じる。


 少し振り向くと一緒に歩いていたヒナツが自転車の荷台に跨っていた。


「乗せてけ」


 偉そうに少し顎を上げて見下ろしてくる。


「はぁ?」


「いいから乗せてけよ〜」


「やだよ。ただでさえ暑いのに2ケツなんて」


「速度出せば風が気持ちいーかもよ?」


「2ケツで速度出すわけねーだろ」


「いいからいいから。早く早く」


 ヒナツは急かすようにサドルを何度も叩く。


「わかったよ、まったく」


 サドルに跨り自転車を漕ぎ始める。


 二人乗りでバランスが取るのが難しく、漕ぎ始めに少しふらつく。


 内心、少しビビりながらもなんとか勢いをつけてバランスを立て直した。


「ん〜、あんまり涼しくないね」


「そりゃ危ないから速度出せないよ」


「それにお尻が痛い」


「文句ばっかだな。無賃乗車のくせに」


「え〜運転手の口が悪かったです。星1っと」


「おい!レビュー書いてんじゃねぇよ」


「ふははっ」


 なんてことない幼馴染のくだらないノリ。


 それが少し心を軽くする。


 ヒナツを乗せて海沿いの道路をゆっくりと漕いでゆく。


 潮風が少し暑さを和らいでくれた。


 くだらない話をしながら10分ほど自転車を漕くと大きな日本屋敷が見えてくる。


 それがヒナツの家だった。


「ほらついたぞ。降りた降りた」


 ヒナツはひょいと荷台から降りると尻に手を当てながら、仰け反り伸びをした。


「上がってく?」


「いいよ。このまま帰ってシャワー浴びたい」


 既に制服は汗だくだった。


「アイスあるよ?」


「んじゃお言葉に甘えて」


 炎天下で魅力的な提案につい乗ってしまう。


「んもぉ〜現金だなぁ」


 ヒナツも笑いながら玄関の門を抜けていく。


 道路脇に自転車を停めて、ヒナツを後をついていく。


 もう何度訪れたかわからないこの大きな日本屋敷には見回りや庭師がいるが、無言で門をくぐっても何も言ってくる気配はなかった。


 少し先に行っていたヒナツに追いつく頃にはヒナツの部屋の手前まで来ていた。


 襖を開けると思いもよらない声がかかってきた。


「おーおかえり」


「おかえり〜」


「は?」


 そこにいたのはミキトとアヤだった。


 和室の中心に置かれた長机にはこれでもかと教科書とプリントが広げられていた。


「そっちも一緒だったんだ」

 

「おい不法侵入だぞ。いいのか?ヒナツ」


「グループラインで言ってるからセーフでしょ。ヒナツん家で集まって夏休みの宿題やろーぜって。って既読ついてんのこれアヤか」


「ま、ミキトとトーマならいいけどね。てかごめん〜、全然ラインみてなかった!」


 当の本人は全く気にしている様子はなかった。


「トーマ、一旦帰って宿題持ってこいよ。トーマもラインみてなかったんだろ?」


 いつもなら夏休みの宿題なんて終わり間際に慌てて取り掛かっていた。


 けれど今年は違う。


 自分の気持ちを切り替え、そして新たな一歩を踏むために東京の大学を受けることにしたのだ。


 この町は好きだし、アヤもミキトもヒナツも幼馴染として好きだ。


 だからこそ地元にいる限り、こいつらと一緒にいる限りきっとアヤへの未練が残り続けるだろう。


 東京の大学を目指すにあたって、まず最初に取り組んだのが夏休みの宿題なのだ。


「あーそれなんだけどさ…。実は俺もう夏休みの宿題終わってるんだよね」


 嘘をつくわけにもいかず正直に事実を告げる。


「え?」


「は?」


「えぇ!?」


 予想通りというか、3人とも失礼な反応が返ってきた。


「いやいや変な見栄張ってないで一緒にやろうぜ」


「そーだよ。ウチらの中で一番宿題やるの遅いのいつもトーマじゃん!」


「んで、最終日にみんなでめっちゃ手伝うやつな」


 ミキトとヒナツが笑いながら顔を見合わせる。


「トーマどうしちゃったの?」


 一方、アヤは熱でもあるのかと心配するような眼差しを向けてきた。


「なんかアヤの反応が一番傷つくなぁ…」


「まー100歩譲って早めに手をつけてたってのはあったとしても終わってるはないだろ。受験生だからとかいう理由でイカれた量の宿題だぜ?」


 正直、受験のことは隠し通そうかとも思ったが隠し通せるものでもないし、あまり隠す意味はなかった。


 3人の反応が怖くて言い出せなかっただけなのだ。


「俺さ、お前らに言わなきゃいけないことがあるんだ」


 真面目な雰囲気を醸すと3人とも真剣にこちらへと耳を傾けてくれた。


「上京しようと思ってるんだ。もちろん東京の大学を受験するってことで」


 沈黙。


 三者三様に思うところがあったのだろうが、それがすぐに出てこないのが怖かった。


 あと1秒沈黙が続けば、おちゃらけて場を和ませようかと思った時ミキトが口を開いた。


「そうか、まぁなんだ。お前が決めた道ならいーんじゃねえか?俺もアヤ以外に受検仲間増えんの心強いしな」


 決して馬鹿にせず、かといって無関心でもないことはミキトの言葉から伝わった。


「うん。私もそう思うよ。一緒に頑張ろうねトーマ!」


 アヤも純粋に応援してくれてるが伝わってくる。


 それが嬉しくて、少し切ない。


 女々しい感情だけど、それと決別するためだと改めて決意を再確認する。









「駄目だよッ!!!」








 突如としてヒナツが吠えた。


 あまりに予想外の反応にミキトもアヤも俺も目を丸くしてしまった。


 部屋が静まり返るとヒナツは我に返り、慌てて取り繕った。


「あっ…いや…、…ほらトーマさ、家のお店継がなきゃいけないじゃん。は、あははは…」


「…そっか。そのことか。いやそれなんだけどな親父やお袋に話してもう許可はもらってるんだ」


「ちゃんと家族にも話しつけてるんだね。偉いねトーマ」


 アヤに褒められ少し照れくさくなる。


「まぁさすがにな。だから夏休みの宿題も頑張って取り組んだんだ」


「すげぇなトーマ。いきなり大学目指すことになってもちゃんと勉強取り組んでんだな」


「いや俺が決めたことだからな。ちゃんとやんなきゃ」


「そっかぁ。じゃあ俺たち俺たちで宿題終わらせなきゃなぁ」


「いいよミキト。俺でわかる部分なら教えるからさ」


「まじ?!」


「教えるのも勉強になるって言うしな」


「助かるぜトーマ」


「ヒナツ?」


 上の空といった様子のヒナツが心配になったのか、アヤが声をかけた。


「へ…。あぁ!いきなり大学目指したからって宿題は間違いだらけなんじゃないの〜?」


 ヒナツに痛いところを突かれた。


「うぐッ…。確かにそうかもしれんがでも終わらせたのは事実だからな!」


「はいはい。どうだかね〜。そうだ!ウチ、麦茶とアイスとってくる!」


 ヒナツは思い出したかのように席を立ち上がり、部屋を出て行く。


 足音が遠のくのが聞こえるとミキトが口を開いた。


「びっくりしたな。あんな大声で反対するなんて」


「…私ちょっとヒナツの気持ちわかるかも」


「「え?」」


 ミキトと声が重なった。


「トーマが上京するってことはさ、もうこうやって何気なくみんなで集まれるのも無くなっちゃうでしょ?それが多分嫌だったんじゃないかな。正直私はそう思っちゃったの。だから直ぐにトーマの背中を押すことができなかった。ごめんね?トーマ」


「いーよ、謝ることじゃないって」


 先日もアヤから似たような発言を聞いたからか、あの沈黙にそんな意味を込められていたのはなんとなく察しがついていた。


「確かにもう高校最後の夏休みだもんなぁ…。なぁトーマ」


「ん?」


「お互い受験勉強大変だけどさ、どっか遊びにいかねぇか?」


「そう…だな」


 幼馴染たちと距離を置きたくて大学受験を目指し始めたのは事実だが、このまま何事もなく別れるのも自分の中ではまだ納得していなかった。


 このままなし崩しに別れてもそれはただの逃げだ。


 最後の思い出だとか、初恋へのけじめをつけるべきなのだと心のどこかではわかっていた。


 願わくばこの選択が自分の人生にとってネガティヴなものではなくポジティブなものにしたい。


「今年も夏祭り行くよな?」


 そこで自分の想いに決着をつけよう。


 今まで悩ませてた想いの方向性が見えてきた。


 でもどうしてだろう。


 ヒナツの表情が、悲鳴にも似た叫びが今はどうにも胸をざわつかせていた。


 

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