第27話

 徐々に気温が変わっていくということはなく、今年ははっきり今日から来たと思わせる冬の寒さだった。昨日とはまるで違う。この一週間は小春日和と真冬日が同時に来ると気象予報士が言っていた。暖房の使用許可が下りていないにもかかわらず、真冬日の気温で生徒たちから暖房をつけるようデモのように主張された。全員頬を叩けば熱を持ち温かくなるだろうかと考えるが、その前に私の手のひらがはれ上がって仕事どころではないだろう。もちろん他人の子に手を挙げると逮捕されてしまう可能性があるのでそもそもそんなことはしない。

 教壇、チョーク、黒板、食器。触れるものみんな冷たい。糞田舎の寒さを思い出す。あたり一面真っ白になり、道路、畑、山、川の区別がつかなくなる。とてつもなく大きな画用紙の上に立っているようだった。その白さは私の将来とも似ていたような気がする。希望ではない。このまま真っ白で面白みのないまま、こんな糞田舎で生涯を閉じるのかという絶望感だった。

 いつも通り帰りの会の後にたむろしようとする猿たちを教室から追い出したとき、笹原が顔を覗かせた。

「これ、たぶんヒナタちゃんが昼休みにこっちに遊びに来たとき忘れてたみたいなんですけど、もう帰ってしまいましたか?」

 笹原が手に持っていたのは「うすい ひなた」と下手な字で書かれた、ジャス子のスティックのりだった。スティックのりでどうやって遊ぶんだという疑問より六年生にもなって自分の漢字も書けずにひらがなで書いていることで哀れさが前面に出る。猿のわりには文字が書けて偉いねと思うべきだろうか。私は礼を言い、あとで保護者に電話を掛けておくと伝えた。

「そういえば、この前相談したあの保護者、私に当たることは減ってきましたけど子どもには異様に厳しいみたいです」

「まあ、受験も近づいてるししゃあないんちゃうかな?」

「安中先生もですか?」

「え?」

 冷たい風が私の背後から吹き、笹原の前髪を揺らしていった。誰かが窓を開けたようで、カーテンが膨らんでいる。

「私、前も言いましたけど勉強を強要させてきた親が大嫌いなんですよね。母にはよくビンタされてましたよ。それでいざ大学に行ったら近所の人に『私のおかげで有名大学に行った』って自慢ばっかり。一度も私の頑張りを評価しないんですよね。叩けば言うこと聞くって思ってる短絡的な思考がアホらしくてたまらなかったんです」

 笹原は一息にまくしたてた。まるでその時の怒りが甦っているようだった。

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