第25話
直人は夕方の報道番組を漫然と見ていた。何度呼びかけても全く応答しない。リモコンでテレビを消そうとすると、強い勢いでリモコンをひったくられた。
「直人、ちょっと話あんねん」
「ばばあと話すことなんかないわボケ」
私は先月四十歳になったばかりで、まだばばあと呼ばれる年齢ではない。しかしこれは反抗期特有の少ない語彙力で反発しているものと受け止める。そう考えればペットの犬が飼い主に対して何か要望するときに激しく吠えることと同じに思えた。
「あんた、将来なりたいもんってあんのか?」
悪態をついていたかと思えば次は何も応答せず、興味のないであろうニュース番組に視線を注いでいる。どうやって直人を私に向かせるか考えているうちに自然とニュース番組に視線が向かった。近畿地方のニュース番組でお笑い芸人がコメンテーターとして偉そうに座っている。名前は思い出せない。何年か前までバラエティ番組に引っ張りだこだったはずだが、近年はあまり姿を見ない。バラエティ番組で活躍できる技量が無かったということだろうか。とはいえ、このお笑い芸人が特別高学歴である話は聞いたことがない。アナウンサーがお笑い芸人にコメントを求めた。特殊詐欺事件で実行犯の大学生四人組が資産家の高齢者の家を襲撃し、重傷を負わせたという痛ましくシリアスな内容で、慎重に言葉を選ぶ必要がある。ウィットを利かせた言葉で観客を笑わせるお笑い芸人ならば、朝飯前の仕事だろうか。
「そうですね。怖いです、よね。もう何が起こってもおかしくない世の中なんで気をつけないといけないですね」
まだ猿たちの意味不明な発言の方が面白い。というか中身が何もないし、意見でもない、ただの感想だ。小学五年生以上であれば誰でも思いつく内容だ。作文の最後の絞めの文章かと思ってしまう。やはり馬鹿は馬鹿だ。これで出演するたびにギャラをもらえるわけだから正直、楽な商売だなと思ってしまう。
「直人、あんた、いま頑張って勉強せな、こんな大したことないコメントしかできひんヤツになってまうで。将来なりたいもんと目の前にある勉強って必ず結びつくもんやからな」
「うっさいな黙れ」
「すでに貧相な語彙力だけでしか反論できひんようになってもうてるやろ? それは自分自身で気づくべきやで。国語の勉強をもっとやらなあかんで」
「うっさいねんばばあ」直人は腕をまっすぐに伸ばし、人差し指をテレビに突き立てた。「俺はメガギガテラの大久保みたいな芸人になりたいねん」
番組はニュースが一段落したようで、町の特集コーナーに変わっている。さきほどの中身のないコメントの挽回をしようとしているのか、声を張り上げて出演者を盛り上げようとする芸人に直人の人差し指は向かっていた。
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