第24話
帰りの会が終わり、いつものように何の価値も生まない会話を開始しようとする猿たちを教室から追い出していると、後ろから私の名前を呼ばれている気がした。
「じゃあ先生、バイバーイ」というジャス子を無視して振り向くと、木本豪が突っ立っていた。
「先生、ちょっといい?」
木本豪から話しかけられることは今まで一度もなかった。大人しい子どもは大人との関わり方がわかっていないことが多い。木本豪は私に話しかけるというかなり勇気のいることをしているのだと思った。他の猿たちと一線を画す何かがあるのかもしれない。
「木本くん、どうしたん?」
「僕、岩永中学うけることにしたんやけどな。えっと」木本豪は眼球を細かく左右に揺らした。「どうしたらいい?」
「何が?」
木本豪は「えっと」と俯いて坊主頭の頂上よりやや右にあるつむじをポリポリと指で搔いた。木本豪の言いたいことは伝わっている。受験票の提出の仕方や小学校がどこまで手続きしてくれるのかを聞きたいのだろう。しかし、私は親切にくみ取ったことを答えることはしない。子どもといえどもう十二歳であり、誰かに何かを伝える能力は一定程度あるはずである。語彙力こそ大人に比べれば少ないかもしれないが、それでもコミュニケーションを取るために必要な数は十分保有しているのだ。そもそも「理解してください」という前提が腹立たしいし、甘えるべきではない。
「あの、受験のときに出す紙とか、見学するんって学校で何かしなあかんの?」
さきほどより具体的な内容になった。しかしまだ物足りない。とはいえ今日も早く帰って直人の勉強の声掛けをしなければいけないので、大目に見ることにした。
「受験票とか見学は小学校に提出するんじゃなくて、その希望する中学校に向けてネットとか郵便で送るもんやねん。この時期やったらまだ間に合うけど余裕持ってやっといたほうがいいからね。岩永中学の出願受付の締め切りは十二月十四日までやったはずやで」
「うん」
さいなら、と小さく頭を下げて木本豪は早歩きで教室を出て行った。重要な締め切りの話までしてやったのにありがとうの一つもないことを指摘しようと、木本豪の姿を追うが、廊下がジャス子グループで塞がれており、見失ってしまった。
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