第23話

 教壇に立つといつも通りの猿たちの顔が並んでいる。名簿を開いて名前を呼ぶ。「安達勇人くん」「はい元気です」「井上荘くん」「はい元気です」「大山ひなたさん」「はい元気です」一体この時間に意味はあるのだろうか。出欠など机に人が座っているか座っていないかでわかる。そもそも朝の会の前に保護者から電話があることがほとんどだ。でもこれをやらないと教頭がネチネチ言ってくる。笹原が省いていたら怒られているのを目撃したことがある。「元気じゃない人」と呼びかけた方が一分も経過しないうちに終わるだろう。

 木本豪はテストの点数が良くなったものの、授業では手を挙げず、私と視線を合わさないようにずっと俯いている。目立ちたいのか権威を持ちたいのかわからない猿が声を張って手をまっすぐ上に伸ばしている。

 定期的に実施するテストでも相変わらず木本豪はおおむね百点で、悪くても九十点台だった。以前は七十点から八十点だったのに。やっぱり自分がワクワクする未来が鮮明になり、目の前の勉強で結果を出せば理想に近づけると自分自身が理解できれば、強力な馬力になることが木本豪を見ていて思い知らされる。と同時に私の子供時代も思い出す。木本豪と違って私は糞田舎から抜け出すには目の前の勉強をしこたまやるしかないという切迫感に突き動かされていた。理想の未来に向けて取り組める木本豪が羨ましい。

 必死に自分の存在を高めようとまっすぐ手を挙げ続ける安直な思考の猿たちにピントが合わず、焦点が定まるのは木本豪だけだった。

 木本豪はふいに前を向き私と視線がぶつかった途端、すぐに俯こうとしたときに鉛筆が額に当たって、手で撫でていた。別に構わない。木本豪の優秀さは認めるし、騒がしく手を挙げて主張するセミのような猿たちより、将来が明るいことはこの私が保証しよう。積極性などこれから備えればよいのだ。やかましさを抑えるため、猿の一人を指名した。おそらく勉強では良い成績がつかないからせめて手を挙げてポイントを稼げと親に言われたのだろう。またその親も子供時代に親に言われたのだろう。対症療法として有効かもしれないが、学力がないと社会に出てから搾取される側になるから気を付けた方が良い。指名した猿はどんな思考回路で導き出したのかまるで予想がつかない答えを声高に言って座った。

「めっちゃあほやん」

 周りの猿たちから冗談交じりの嘲笑が波紋のように広がった。笑われている猿は自分の人気度が証明されていると認識したのか、きれいな弧を描いた笑みを浮かべている。

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