第20話
久々に帰るのが遅くなってしまった。笹原との議論が思いのほか時間がかかっていたようだった。しかもあんなに高学歴のわりに、偏った意見しか主張できない笹原にはがっかりした。とはいえ、私は正直、直人に勉強を自主的にさせる割合を増やしても良いのではないかと考えている。だから今日はいつもより長めに残業していたのだ。
最近の直人はサボらずに黙々と勉強している。会話こそほとんどなくなってしまったが、目の前の問題を鉛筆でこめかみを抑えながらも解き続け、私が解説しようとすると「もう理解できたからいい」という。試しに直人自身にどこが間違えていてどうすべきだったのかを質問すると言葉に詰まりながらも道筋立てて答えるので嘘では無い。おそらく私に解説されたくないという反抗心で意地でも自分で理解するようになったのだろう。複雑ではあるが喜ばしい状況ととらえている。
「ただいま」
もう直人の「おかえり」という返事は長らく聞いていない。しかし、それよりも既視感のある違和感を抱いた。別に家の中が荒れているわけではない。気づいたのは音だった。明らかにバラエティ番組の笑い声が響いている。脱いだパンプスを整えることなく突き進んで部屋を覗くと、直人が両手を床についてネタ番組を見ながら快活に笑っていた。
「直人」
私は自分の耳が痛くなるような声で怒鳴っていた。直人は一瞬、びくっと反応したようだが私の方を振り向くことなくまた笑い始めた。お笑い芸人は知性のないボケを量産し続け、司会の表情を曇らせていることに気づいていない。
「あんた、なにやってんねん」
私はテーブルの上のリモコンを取り、テレビを消した。このリモコンで思い切り直人の頭を叩けば反省するだろうか。しかし、それはあまりにも威力が強く、殺してしまうかもしれない。リモコンをキッチンテーブルに置いて直人の頬を叩いた。痛みを与える教育は即効性があるがしばらくすると切れてしまうのか。でも犬より人間の方が賢いはず。勉強中にテレビを見たらしばかれると頭が再認識すればやがて慎むだろう。
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