第19話

 笹原の回答は親の提示した選択肢を選んだおかげで良質な大学に行けたのではないかという論点からズレているような気がしたが、話が長くなりそうだから特に指摘はしなかった。ただ私の教育方法を批判されているようなのが気になる。

「私も息子が中学受験するから一緒に勉強してるで」

「それは息子さんが自ら中学受験の意思を示されたんですか?」

「いや、私から。それこそ、将来の選択肢を増やせるよって言って」

「それで息子さんが納得して主体的に勉強できてたら素晴らしいと思います。でも嫌々やってたりしてたら相当、精神的な不安抱えてると思うんで気を付けられたらいいと思いますよ。まあ安中先生に限ってお子さんを厳しくするあまり叩いて叱るような前時代的なことしてないとは思いますけど」

 笹原ともう一度視線がかち合ったとき、相変わらず射貫くような針となっていて私の眼球に突き刺さった。すみません長々とお話しして、と言って笹原は話を切り上げた。机上に広げたプリント類やテキストをまとめる笹原を見ながら、小さな舌打ちを放ってやった。笹原は自分が勉強のしんどさを経験したかもしれないが、親としての経験をしたことがない。それなのに偉そうに私にアドバイスをするなんて。最近の若者は立場をわきまえないのだろうか。

 嫌々勉強して負担がかかっていることなど充分理解している。でもそれはまだまだ直人の見えている世界が狭いだけ。どれだけ勉強を頑張っても「あのときもっと頑張っておけばよかった」と思う人など腐るほどいるのだ。直人にはできる限りそんな後悔をしてほしくないから必死に教育しているというのに。笹原の横顔を見るだけで唾を吐きかけたくなるので、職員室を出てトイレの手洗い場で溜まっていた唾を流した。

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