第18話

「まず、そういう人って話が通じひん前提で考えとかなあかんねん。だから笹原先生がどれだけ正論を言おうと無茶苦茶な理屈で返ってくるから。それでいちいち気に病んでたら体が持たへんから気を付けた方がいいで。『こんな人のために自分の身体に不調をきたすのはもったいないわ』って思うくらいがちょうどいいわ。で、その人、たぶん何をどう答えてもいちゃもんつけてくるから、もうとりあえず子どものことを褒めちぎっといたらいいんちゃう? その子塾に行ってるんやんな。そしたら家庭でも塾でも見つけられてない褒めポイント探してみたら? 難しいって思うかもしれんけど、その子が意識あるうちに過ごす時間が一番長い場所って学校やからな。家なんて食べる、お風呂入る、寝るくらいやろ」

「なるほど。さすがですね」

 笹原は顎に手を当てて大きく頷いた。さすがという言葉を言われたのは久々だなと感じた。

「ありがとうございます。そういうかんじで対応してみます」笹原は言った。「でもああいう教育ママってお子さん大変ですよね」

「そう?」私は反射的に言った。

「絶対そうですよ。お母さんは『子どもの選択肢を広げるため』とか言いますけど、子どもから見ると押しつけがましくてありがた迷惑でしかないですからね」

 笹原の顔が鮮明になった私の視界の中央に映った。笹原の視線は鋭い針のように私を貫いている。とはいえ笹原に私と直人のことは話したことも無いはずだから明らかにさっきの母親のことを言っているのだろう。

「でも子ども自身の考える世界ってまだ狭いから、勉強する大切さとか将来を広げる重要性は親から知らせなあかんのと違う? そりゃ学校で過ごす時間が長いのは事実やけど、他人からどうこう言われるより、親から言われた方が子どもも納得感があるんとちゃう?」

「いやあ、私はそうは思えないですね」笹原は私の語尾にほぼ重なるように言った。「私の親も勉強に厳しくてよく叱られてたんですよ。叱る範疇じゃないこともありましたし。でも私は勉強なんかしたくなかった気持ちは変わりませんでしたけどね。今はもう、親との仲も悪くて地元の京都捨てましたから。帰りたくないですもん。過度に子どもに期待して過剰に勉強させることに良いことなんかありませんって。将来の選択肢を広くって言いますけど、それって矛盾してて、親の選んだ選択肢しか子どもは歩けないんですよ。それって選択肢増えたって言えますかね? どうせ、大学に行って私が『芸人になる』とか言いだしたらそれこそめちゃくちゃ殴られてましたよ」

「でも笹原さん、大学の偏差値高いよね。それはまあ多少厳しかったかもしれんけど親御さんのサポートもあったからじゃない?」

「ああいう私立大学の入試パターンは数多くあります。私、同じ大学を四回受験しましたからね。四回受ければ、まあ合格水準にちょっと足りてなくても、一回くらいは相性の良い問題の出る入試日に当たりますし、合格できますよ」

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