第17話

 帰りの会が終わり、がちゃがちゃと教室で話しこもうとする猿たちを追い出して職員室に戻ると、オレンジ色の西日が窓から差し込んできていて、窓際にいる教頭の頭を白く反射させていた。教頭の頭は月と同じような恒星的役割を果たしており、光を蓄えた教頭の頭がが職員室を更に明るくさせている。教頭の頭を凝視しながら月と重ね合わせていると、視界の中央に緑の浮遊物が生まれた。視線を書類に移しても消えることはなく、文字が隠れて読めない。

「安中先生、ちょっと相談よろしいですか?」

 後ろから声を掛けられた私は振り返ると、ちょうど相手の顔面と緑の浮遊物が被っていて、誰か判別できなかった。しかし私はドア付近に立っていたことを思い出し、邪魔になっていたかと思い、身体を横にして通路を開けると話しかけてきた相手は「そうじゃなくて」と言った。「音楽会のことなんですけど」

 緑の浮遊物は輪郭があいまいになっていき、私に話しかけてきた相手が笹原であることがやっとわかった。

「音楽会?」

「はい、あ、まあ音楽会に直接的な関連のある話じゃないんですけど」と言い、笹原は自分たちの席に座って話そうと促してきた。「音楽会の練習で時間取ってやるじゃないですか。で私のクラスに一人、めちゃくちゃ教育ママがいてて、『わざわざ授業の時間取ってやるもんちゃうやろ』とか『もう受験が近いんやからうちの子だけ特別授業してくださいよ』とか『放課後は絶対に練習させんといてくださいね』みたいな注文が多いんですよ。運動会のときも似たようなこと言われたんですけど、まああの時期はまだ受験から時期が離れてたからっていうのはあったのかもしれないですけど、もういつも以上にピリピリしてて。いくら私が対応しても聞き入れてくれへんようになってきてて。安中先生やったらどう対応しはるかな思って聞きたいんです」

 腕時計を見やると午後の三時を過ぎたところだった。明日の授業準備をしたいところだったが、相談を断ってもいつかまた頼られそうな雰囲気だった。それに笹原は確か偏差値五十五の大学を卒業している。私は笹原から滔々と語られた内容を頭の中でもう一度思い出して聞かれた内容とどう答えていくか整理した。

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