第14話

 ポストには水色の封筒が冊子のような厚さで入っていた。七月下旬に直人が受けた模試の結果だった。直人は模試の出来についてやはり何も言わなかった。はっきり言ってこの成績次第で進学できる選択肢はある程度決まってくる。鞄を肩にかけ、のりで貼られた部分を指で捲った。途中で破けてしまったが、中身の見えた隙間に人差し指を入れ端まで無理やり引き裂いていく。

 解答の冊子、直人の答案が印字された採点表、そして偏差値表が裏から透けて見えた。私はそれだけを抜き取り、一気に両手に広げた。国語の偏差値五十四、算数五十二、社会六十、理科五十一、四教科総合五十四。塾に通い始めて以降、一番よい成績だ。パンプスを脱ぎ、三段飛ばしで階段を駆け上がった。足の裏が汚れようがヤモリを踏もうが蝉が口の中に落ちてこようが今は受け入れられる。そんなことより一刻も早く直人にこの成績を見せてやりたい。

「直人」

 真っ黒になっているだろう足の裏で家の中を歩いていることなどどうでもよく、何度も直人の名前を呼ぶが、ノートに書きこむ腕を止めようとせず、振り向く気配がない。

「あんた、模試返ってきたで」

 直人は僅かに飛び上がるような動きをした。もしかしたら結果が悪くて、また私に厳しくされると思ったのかもしれない。

「一番いい成績やで。やったやんか」

 直人は私の方を振りむき、目が合った。そういえば直人の顔を直視したのは久しぶりかもしれない。小六にしては身長が低く、顔のパーツは丸みを帯びて幼く見えるが反抗期や思春期を迎えているあたり、年相応に成長しているのだろう。直人は私がつまんでいた模試の結果表に手を伸ばした。黒目が左から右、上から下へと動いている。やはり勉強を頑張った成果が出ると嬉しいものだろう。私はやっと直人にわからせることができた。この小さな繰り返しが、良質な高校、大学、会社に進路を進めることができるのだ。長い時間はかかったが、やっと一歩踏み出すことができた。

 一通り見終わった直人は何もしゃべらず表情も変えないまま私に結果表を返却し、テーブルに向き直った。正直な反応をするのが恥ずかしいのだろう。私もそれ以上は特に褒めることはしなかった。過剰に褒めるとまた甘えることになる。直人をまともな大人にするために過剰に褒めることはしない。しかし全く褒めないこともよくない。基本は厳しめの姿勢でたまに褒めるからこそ効果が発揮されるのだ。

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