第13話
九月は私が小学生のときから夏と変わらず暑い記憶しかないのに、「九月やのに暑いな」と人は言う。九月やのに、ではなく「九月やから」が正解だろう。暑いと何が問題か。それは虫が精力的に活動する期間が長くなり、それによって木本豪がまた得体のしれない虫を虫かごに入れて持ってくるということだ。霊長類とは思えない学びの悪さに加えて、放任主義の親だから改善の余地はない。
ドアの窓から教室を覗くと仲良しの小グループがいくつかできているだけで、木本豪はぽつんと自分の席に座っていた。さすがに始業式には虫は捕まえてこないか。ドアノブに引っかけた指をそのまま力を入れ、「はい、座るよ」と言いながら教壇に出席簿を置いた。教室は冷房がついているのに、生徒たちは語彙力が乏しく「暑い」とばかり言っている。私が小学生のときは教室にエアコンをつけているのは金持ち私立学校しかなかったから、ありがたく思え。
木本豪にしては珍しく一ヶ月経っても指導されたことが頭に入っているのだろうか。それとも九月に入ったので虫自体が少なくなったのか。でも虫もかなりしぶといはず。木本豪が虫を持ち込まなかった理由を考察しつつ、一時間目の国語を準備するように呼び掛けると、木本豪は誰よりも早く国語の教科書とノートを引き出しから取り出していた。目線はまだ何も書かれていない黒板に注がれていて、すでに鉛筆を持っている。
夏休みの間に何が起こったのだろう。木本豪が提出した絵日記や読書感想文が気になりだした。職員室でじっくり見たいが、二時間目までは授業が入っている。
授業中に立ち歩く男子生徒を適当にいなし、しかし、言うことを聞かず教室から出て行ったのを、ジャス子が糾弾する。その時間で授業が中断するのを男子が指摘すると、ジャス子は半泣きになって応戦する。銃弾と化した相手を罵る幼稚な言葉が飛び交う中央で木本豪は黒板を凝視し続けている。
ええ加減にせえ、と一発声を張り上げると今までの喧騒を沈黙の渦に沈めることができた。猿には論理で叱るより恐怖を与える方が躾けやすい。この猿たちが中学、高校、大学、社会人になるにつれ図体がデカくなって人間に進化すると思いきや、大半の猿たちは今度は穴を突き突かれ、薄っぺらい理性さえ守れず猿のままなのだろう。そう考えると、人間というのはヒトという全身タイツを身にまとった猿が正体なのかもしれない。金におぼれる猿、権威に媚びる猿、性欲に取り付かれた猿。猿に抗えるのは知識、すなわち学力をつけることだ。ジャス子は正義を主張するわりにはテストでいつも八十点台という極めて中途半端な成績で、中学校に進学すれば六十点台に下がる典型的なパターンだ。
馬鹿な猿ども。こう言う奴らは大人になっても賢しい人間たちに搾取されていることに気づかず、気づいたとしても搾取されないようにする努力を怠り、「金ないわ」と嘯き、阿保みたいな笑い声を挙げながら一生を過ごすんだろう。やはり、直人は公立中学に進学させるわけにはいかない。
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