第9話

 今朝、直人に指定した算数の内容は速さの問題で難易度が高く、自力で解くのは困難だろうと想定していた。もしかしたら嫌気が差してサボっている可能性がある。アパートの階段に脚を静かに下ろして音を立てないように上る。ドアを開けた瞬間、直人が慌てる様子があればサボっていた可能性が高いから抜き打ちでチェックしてやるつもりだった。ドアノブをゆっくり下に押し、ドアを引く。喋り声が聞こえる。金属音が出ないように腕に体重を徐々に載せて開けていくと直人の笑い声が聞こえてきた。テレビがついている。かかとからゆっくり廊下に降ろしてリビングを覗くと、座椅子に座ってテレビ鑑賞を堪能している直人の真後ろに立った。

「直人」

 思った以上に尖った声が出た。直人は情けない声を発しながら首が二回転するのではないかという勢いで振り返った。

「何でテレビなんか見てんねん。全部できたんか」

「わからんとこが多いから無理やねん」

 机上に置いていたテキストに視線を移す。テキストは閉じられている。折り目もそんなについていないからやりこんだ形跡はない。

「直人、まだわからんのか。今もう七月の下旬やで。受験は一月。この前の模試の結果見たやろ。あんなんやったらどこにもいけへんで。そのまま公立の中学校に進学したら変な奴いっぱいいんねん。そんなとこ嫌やろ。もっと危機感もってやりなさい」

「別にいいやん。勉強嫌いやし、もう俺受験しいひん」

 直人はそう言ってまたテレビに向き直った。夕方のニュースは大した学歴ではない芸人がコメンテーターとして評論家の隣に座っている。バラエティ番組では散々、愚かな立ち振舞をしているのに、なぜこんなすました顔で座っているのだろう。そんなことよりなぜ私がこんなに一生懸命尽くしているのに、直人は投げやりなのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る