第8話

 学校説明会に行ったときにもらった過去問集の各年度三枚ずつを職員室のプリンターでコピーした。家でコピーするとインク代と時間がかかる。

過去問を解かせてどれくらい解けるのか知りたかった。それをもとに夏休みの学習スケジュールを決める。私が勤務中もサボらずにやっているかわかるように家事の合間を縫ってノートを確認する時間も取らなければいけない。

幸運なのは夏休みに入れば猿たちの世話をしなくて済むことだった。雄猿同志が喧嘩して窓ガラスを割ったり、ジャス子率いる女子グループのうち誰かが泣きながら非論理的な主張を繰り出したりすることもない。

 プリンターの動きが止まり、印刷し終わって吐き出された用紙の辺をまとめてクリアファイルに入れた。終業時間が過ぎてはいるが、職員室ではみな自分の席で業務をこなしている。直人を塾に入れているときは残業をしていたが、家で勉強の面倒を見ると決めたので、一刻も早く帰らなければいけない。今日の進捗状況や正答率、解説をする時間がなくなってしまう。少しだけ業務が残ってしまったが仕方ない。家に入る前にタバコが吸いたい。でも直人の教育費に予算を回していて余裕がない。禁煙して二年も経つのに、吸いたい欲求は食欲と同じように湧いてくる。

 何人かの同僚がドアに向かって歩く私を目で追っている気がした。おそらくいつも私が残業しているから珍しく思ったのだろう。そして「みんな残業して頑張ってんのに何であんたは先に帰んねん」という文句を視線に乗せてぶつけているに違いない。踏み出した右足の先に力を入れ立ち止まった。ただよく考えれば底辺大学卒の仕事の出来ない同僚と一緒に残業することは自分も無能ということになる。私は脚に力を込め、ドアを開けて職員室を後にした。

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