第7話

「あんた、こんな成績やったらどこにも行かれへんで。わかってんのか」

 直人は成績表を見ておらず、まだ消しゴムを触っている。

「ちゃんと成績表見い」

 声のボリュームを抑える理性は怒りが突き破った。眼鏡の枠より視界の端に見えている生徒や講師が私を見たことがわかった。彼らの方を見ると急いで顔をそむけた。

「高い金払って塾通わせてんのに全然成績上がってへんやないか。受験いつか知ってるか? 来年の一月やで。今七月やで。もう半年で受験やねんで。あんたほんまにわかってんのか」

 直人は俯いたまま返事をしない。

「お母様、直人くんも一応頑張っていますので」

「一応って何ですか」教室長の目を睨めつけるとすぐに視線を外された。「頑張ったら合格するんですか? 違うでしょ。結果が出なあきませんでしょ。実力が伸びてなかったらいくら頑張っても意味ないじゃないですか」

 教室長は視線を右、左に何度か往復させ、何か言葉を探しているようだった。しかし何も見つからなかったようで、懇談ブースに沈黙の膜が張った。これ以上、この俯いている教室長に任せても成績の上がる見込みはない。

「先生、塾辞めさせますわ」

「いや、でも」

「八月からもう払わないので、返金してくださいね」

 教室長は重たそうな前髪を捲って額に手のひらをつける仕草をした。

「入塾時にもお話ししましたが、毎月十日に翌月分の支払い確定をしておりますので」

「そんなん一回も行かへんのに払わなあかんのおかしないですか? もし先生が私の立場やったら怒るでしょ。え?」

「ただ、規約にも書いてありますので」

「そしたらその規約もおかしいんちゃいますか。とにかく返金してください。どうしても返金できひんねやったら本社に言いますから。それでも無理やったら消費者センターに言いますし、裁判でもなんでもしますわ。あと、こういうのって、料金の話よりまず引き止めるのが先とちゃいますか」

「それはもちろん、ここまでずっと直人くんと一緒に頑張ってきたので、引き続きみさせていただきたいですけど……」

「私が言ってから話し始めるってどういうことやねん。所詮直人はたくさんの生徒のうちの一人としか思ってないんでしょ。もういいですもういいです」

 直人帰るで、と言い、私はドアを開けた。振り向くと教室長はその場で立つばかりで追いかけて来る様子はなかった。返金されなかったら本社に直接電話して教室長のことをボロカスに言ってやろうと思いながら車に乗り込んだ。外の熱い空気を車内に閉じ込めたような蒸し暑さに包まれ、焦燥感がまた大きくなってくる。

「直人、明日からお母さんと一緒に勉強するからな」

 後部座席に乗った直人をフロントミラー越しに確認する。俯き加減だったが首を縦に振った。たまたま車の揺れて頭が揺れただけかもしれない。車の前でしゃべる生徒にハイビームを浴びせ、アクセルを踏んだ。

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