第6話
「暑いですね」
どうせ会社マニュアルに「まずは雑談を」とでも書いてあるのだろう。天気の話題など初対面か二度目に会うときくらいで良い。小四から何度も顔を合わせているこの教室長は毎度天気の話しかしてこないから融通の利かない人タイプだと結論付けている。
「先生、模試、どうやったんですか」
私がそう言うと教室長は手でマスク越しの鼻や口を露骨に触る数が増えた。用意していない返事のパターンが出てきて焦っていることが明らかだった。AIの方がまだましな対応ができるだろう。
「模試の結果表見せてください」
「か、承知しました」
かしこまりました、と言おうとして承知しましたと言い直したのか。そんなのどちらでも良い。馬鹿なところで悩まないで早く見せてほしい。口に当てていた手を封筒の中に入れ、何枚も書類を取り出し始めた。教室長に聞こえるようにため息をつくと、彼の手は小さく震え出した。
教室長は封筒から半分に折ったA3サイズの資料を机上に広げ、私の手元に置いた。小さい字で点数が記載され、その横に青いグラフが伸びている。鞄に入れていたケースをひざ元に置き、眼鏡を取り出した。ぼやけた輪郭の黒い集合体が一気に明確な文字となった。国語、六十点。算数、五十九点。理科、六十二点。社会、八十七点。五科目の偏差値が五十三。思わず大きなため息をついてしまった。顔を上げて首を傾けると乾いた音がした。教室長に視線を移すと肘をついて祈るように指を絡めていた。肘の下には私に渡すであろう書類が置かれていて気分が悪い、というか失礼だ。
「先生、この成績で行ける中高一貫のとこあるんですか」
「そうですね」教室長は私に視線を一向に合わせないまま、震える手でグラフや数字を指差し始めた。「やはり直人くんは社会が得意なので、これが全体を引っ張ってくれています。しかし算数と理科がやっぱり苦手なのでどうしても全体としては伸び悩んでいます」
「先生」私は言った。「その内容、懇談のたびに聞いてます。私が質問してるのはこの成績でいける中高一貫はあるんですか、ということです。言ってることわかります?」
教室長は沈黙を埋める目的だけの声を出している。しばらく黙っておいてやろう、こいつがまともな答えをするまで。バタバタと足音が聞こえてきた。授業が終わって生徒らが退室していくようだった。
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