第42話 ごめんね
そもそも文化祭というものだが、中学生への進路説明会も兼ねている。入場者も生徒の親と兄弟、地域の方とその招待者くらいだ。
どこにBLを発生させようとしたのかよく分からない。
開幕の挨拶は慎み深く始まった。良家のお嬢様ではないし、成績優秀者というわけでもないらしい。ただ三年生にらしくない人間を選べと言ったらこういう平穏無事に済むようなあいさつをする生徒が生まれた。よく考えたよ先生。
朝礼で巧妙に作られた偽の入場証が出回っているという注意喚起がなされた。怪しいと思ったら、無線で男性職員に伝えるようにと言われた。
校舎を警備していてもそういう怪しいものは見えない。生徒にも注意喚起がなされているので、それぞれが警戒しているようだ。ちゃんと出し物の入り口にはQRコードのチェックをして対策をしているようだ。
私はなるべく生徒が来ないところを重点に見回っている。
「先生、大変。向こうで女の子が」
先生をやっていればそういう緊急事態には振り返るし、女の子の顔を確認しようとする。目をやって分かった。声の高い男の子だった。え、なんで?
「ベーやん、どうやって運ぶ?」
「ったくなんで後先考えないんだよ」
「脅迫ってどこに連絡するっぺ?」
「まーた風邪薬かよ。そのうち死ぬぞ」
数人の男の声。手は縛られている。男たちが近づいてきた。
「あれ、お姉さん。怪我大丈夫? 頭、痛いよね」
さっき私を呼び止めた高い声の主だろう。
「ベーやん、ここまだ学校だぜ」
「でもこういうところで実験出来ることあるじゃん」
のっぺりとした殺意や悪意を感じさせない不気味な声だ。
「そんなこと言ってないでラムネで遊ぼうぜ」
「お前、いつか死ぬぞ。そういうのは手を出さない主義」
「へぇー、拉致監禁はするのに?」
この高い声のベーやんという人物がリーダーなのだろう。
「懸念材料はここがまだ春陽台の中であること。だが、二十時を過ぎると一斉下校になる」
今日は一先ず片づけをして最終的には明日の十六時から後夜祭が始まる。
「ようは二十時まで隠せばいいわけだ。ロッカーの中とか?」
「分解は得意だけど、カニバリズムは趣味じゃない。拷問系は受け付けない。それでどうすんのコイツ」
「俺っち仕入れに行くときに」
「そうだよ。そもそもサダムネが仕入れに行くときに見たっていうから」
「死角の多い高級住宅街に女が一人。飼い主に通う犬かそれとも背後が暗いか」
残念ながら犬でも無いし、背後はけっこう白い。考える余裕が出てきた。ここから生還出来る気がしない。ここは学校のどこかで携帯は取り上げられただろうし、大きな声を出せるのは一回だけだろう。失敗したら殺されるかもしれない。
「し、か、も。ムフフのフ」
「キマっているだろう。サダムネ病院に行かせてやるよ」
「保護観明けたのに、次は院だよ。あんなとこ行きたくない。コイツあの幽霊屋敷から出てきた、ぜ」
「あー、アタルか」
声の高い男以外は分かっていないようだった。
「アタルってなんだ? 宝くじか?」
「新田に数か月だけいた。ちっちゃい女、へぇあんたアタルの縁者か。あいつ自分だけは特別感出して、ムカついてたの。ちょうどいい。お前ら、ここに転がせて置こう。それで明日の十七時集合でアタルをやろう」
このやろうが殴る蹴るなのか強姦なのか。そのどちらもダメだ。絶対にダメだ。
私は抵抗した。絶対に許せない。
「お姉さん馬鹿だね。ブラフって知っている?」
まさかそこまで考えて。
「あそこの社長には親の仕事関係でお世話になってさ。もう殺したいくらい憎いの。これで社長の方ではないことが分かった。じゃ、明日よろしくね」
男たちの声と気配が消えた。遠くから吹奏楽の演奏が聞こえる。考えろ。どうやって逃げる。ここはどこだ。校舎の中だ。暗くて静かで外からそう離れていない場所。なんとなく知っているにおい。
「ったく、あいつらは調べ方と頭が悪い」
久しぶりに聞いたあの声に安堵し、まだこの戦いが終わっていないことが分かった。
「先生、私の名前を呼んで」
「アタル、ごめんね」
転がっていたのは図書室のカウンターの中だった。
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