第40話 意識
そんなに寄らないでよ。お姉ちゃん我慢出来ないよアタル。
目が覚めた。最近ずっとこんな調子で、生徒を慰み物にしているみたいで嫌になる。
「風呂入るか」
時間はいつも早朝五時。
シャワーを浴びて新聞を開いてトーストを食べでも時間はあまる。こういう時はランニングに行くのだが、もうシャワーを浴びてしまった。
ハルカさんがアタルなのか。おそらくそうで間違いないだろう。という問答を夏休みの終わり頃からずっと考えている。交換条件がカギを握っていて、そしてそれが行使されたらアタルとの関係は終わりを迎えるだろう。
それはどこか寂しく、悲しかった。
それで私の勝手なエゴイズムが終わりを迎えること。なんだ、私はアタルに恋慕しているのか、そういう意味ではない。そういう意味ではないのだ。
ハルカさんは夏休みが終わっても、中間テストが終わっても図書室に来なかった。投書箱も中庭にハムスターが出て可愛いから飼いたいとか絶対に伊田先生は私の事が好きに決まっているなどの怪文書であり、いちいち返答するのもおっくうだった。
ハムスターも伊田先生の件もちゃんと学年と名前が書かれていて、どういう不幸かしばらく放っておいたら、来る。
「キュンの事を学校のアイドルにしたいの。どうすれば公認になる?」
「新聞部に行って広告で注目を」
「行きました。野良ハムスターに用は無いと」
「生物研究部に」
「哺乳類の解剖は中々難しいので献体として」
「社会福祉部で動物セラピーとして」
「時代はメダカとカエルって言われました」
この高校の生徒って、こんなに小さくてかわいいものに冷たいなんてそれがショックだわ。白くて丸くて、ケージの中でひまわりの種を食べているかよわい存在。聞くところによれば、学年で闇鍋の材料にしようとする動きもある。
最終手段でハルカさんに頼ろうとして、投書したらしい。
「キュンちゃんの事をみんなに知ってもらいたくて」
真剣で熱意ある言葉に私は感動した。小動物に寄り添い接する彼女の姿は聖母のよう。
「一回触らせて欲しいな」
「ダメです」
さっと拒否した彼女に少し驚いた。
「なんで?」
「みんなそうだから」
「そうって? もしかして噛むから?」
彼女は涙交じりに深く頷く。
「もうここしかないの。シスターは何もしてこないけど、何もしてくれない。友達は新聞部や生物研究部と手を組んで哺乳類を食す哺乳類という記事作ろうとしているし」
彼女の目を見て悟った。
私はこんな境遇の生徒を救う為に教師をしているのだ。
「しばらくここで預かろうか?」
「なかちゃん、いいの?」
「これでも狂犬と言われた保護犬ゴールデンレトリバーを町内のアイドルにした女よ」
「すごいね」
タムという犬だが、ケージで暴れて外に出すと怒り暴れて弟にかみついた。血まみれの弟、捕まえようとする両親、動物病院を探す私、興奮しすぎたのか腰を振り出すタム。
タムで動物の暴れるはちゃんと見てきた。
流血はしないものの、弟は毎朝噛まれるそうだ。三日に一回壁に手をついて腰を振るらしい。タム何やってんだお前。
「じゃ、相性チェックしないとね」
「相性チェック?」
「本当に相性がいいかを経験したのち、ここで面倒見てくれないと」
「噛むのよね」
「多少は」
ケージに手を入れた時、なぜかハルカさんが頭に浮かんだ。そう言えば、小動物は弱いと思って手を出すと痛いって、イタタタタタ。
「キュンダメだよ。ペッして」
その後、彼女は私からハムスターを引き離し、一日に一回食事を持ってくることを交換条件に図書室の常駐マスコットキャラクターとして放置されることとなった。
じゃ、お願いね。
そう言って肩をポンポンと叩き、絆創膏だらけの手を隠さず出て行った。もう十月になる。預けて一か月、キュンの餌は私が購入している。
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