第39話 ハルカさんはアタルなのかについて
盆が明けて、月末に雨が降らなければ盆踊り大会がある。アリアは指定された章を読み終えた。意味まで聞かれると弱いが、短い期間でよく頑張ったと思う。
「頑張りに免じて、一緒に盆踊り大会行ってあげなさい」
「短期留学で夏が終わったら本国に帰るらしい。一生会うことはない」
「だからよ。最後の夏くらい」
「ならば、アレか? 私の事を好きになった女の全員に遊びに行けというのか」
「そんなにモテるの? 信じられない」
「それは私が性格が悪いということか?」
「私ですらモテないのに。そう言えばこの前、アタルって誰って」
少しの沈黙。
「私の名前だ。中ハルカ」
「もしかして公立の小学校。新田小学校」
「そういうところに通った時期はあったな」
待てよ。仮にハルカさんが新田小学校に通ったことがあったとして、あのアタルがあの子供だったとしても私は名乗っていないので、向こうからしたら不審人物以外の何者でもない。性急過ぎたか。
「私は新田小学校に通っていた時は馬鹿なガキに混ざって教師の言うがままに教育されるのが気に食わなかった。その時にもしかしたらある大人に貸し一つで教室に帰ったかもしれない」
「その貸しというのは」
「この話はこれで終わりだ」
肩透かしを食らった気分だ。
「なんだ? まさか王子様が自分だと思ったか?」
「その人の事、王子様って思っていたの?」
髪を頻繁に切りに行くのは面倒だったので、美容師が引くくらい短く切ってもらっていた。
明らかにしまったという顔をされて少し気分はいいが、安易につながってしまった。
「じゃあ、あの時のアタルって」
「私は帰る。投書箱はチェックしておけ」
「盆踊り大会には行ってあげてね」
ザックリと傷ついた顔をされた気がした。
「気分が乗ったら考えてやる」
さっさと帰ったのはいつも通りだった。
状況を整理しよう。
アタルは大人に小学校の一時期に出会った。これは男女どちらかは確定していない。その大人と何か約束をしたかもしれない。その大人が私かもしれないが、当人は王子様と言っている。これでは決定打が無い。
気になるのはあそこであんな顔をしたハルカさんだ。思い出補正はされているが、日に焼けた少年と今さっき目の前にいた女の子はイコールしない。
どうしよ。でももし今会っても何をするのか。あの時に小学生ならまずもって恋愛対象にはならない。ただのお友達?
勝手に思い出補正をして、理想を無駄に高くして、私を覚えていないと言われたらどうする。ショックになるか。いや、あんな辛そうに校舎の外にいた子供が今、ちゃんと生きていたらそれだけで嬉しい。
「アタルがハルカさんでもそうじゃなくてもいいけどな」
「先生。大変」
見覚えのない生徒が二人駆け込んできた。
「ふぅ、やっぱ図書室は涼しいね。じゃなくて後輩が捻挫しちゃって今グランドで倒れちゃって」
酷暑の中、外は体力が削られるだろう。当番は私ともう一人いるが、おそらく外に買い物に出ていることだろう。すぐにもう一人の当番に電話をして、私の車で病院に。行けない。自分の車はハルカさんの家にある。当番の先生も学校のバスを使っていると電話で聞いた。
仕方ない。ハルカさんの家の車で病院に行くか。その為にはまず保健室で応急処置だが、普段行かないので勝手が分からない。
「先生は鍵開けてくれたら、出来るよ」
「分かった。お願いね。鍵取って来る」
私は不謹慎ながらに感動した。普段から「おい」とか「お前」と言われて奴隷の様な生活をしていると、こういう頼られる瞬間がどれほど働いていることを自覚出来る場面になる。
けして全集をカウンターの隅で読むことも無く、下着を干したり、キャンドルにチクビームと書くことも、怪しいゲームにはまることも無い。普通の先生としてのお願いを遂行している。頼ってくれたのだ。それに応えたい。
すぐさま鍵を開けて、陸上部の子たちを暑い保健室に入れた。すぐさま冷房をかけたが、時間がかかりそうだ。
陸上部の子たちが処置をしている間、運転手さんに電話をした。搬送は出来ないと言われ、非常時なのにと腹立たしかった。
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