第37話 最後の夏休み

 お盆が近づく今日この頃。


 図書室は相変わらず涼しい。そしてお姫様はいない。なんでも本人曰く、とんでもない厄介な会合に呼ばれて迷惑なのだが行かねばならないだそうだ。


 どうせお墓参りだろう。そして私もお盆は面倒なので、こうして終わりを迎えた事務作業を終え、どうせ来ない生徒がいつ来てもいいようにカウンターの中で週刊誌を読んでいる。


 こういう時に限って突拍子もない依頼が来ると思って、はや十六時。店じまいだろう。明日はどうしよう。学校の方針で夏休みは開放している。やることないのにしてもどうする。


 校内にすれ違う教員も、生徒も見当たらない。申し訳程度に当番の先生がいるくらいだ。

 職員室に入って、鍵を返した。明日から図書室はいいよなんて言われても困る。家にいても暇どころか、家にやってきた母親に実家に連れていかれて、昭和的なおじさんに結婚はまだかといびられて、母親もそろそろといいかねない。


 仕事があるから帰ることが出来ない。これこそ正義。明日はスイッチ持っていこう。Wi-Fiはとんでいるらしいから、きっとはかどるだろう。そう楽天的に考えていた。何もハルカさんだけが厄介なわけではない。もう少し厄介な生徒がお盆の間、居座ることになる。


 今年は連休をスタートに一週間のお盆休みになった。当番は全て私にしてもらった。家にいても惰眠をむさぼるだけでお金になるなら図書室にいる方がマシだ。毎日送ってもらうのは申し訳ない。ペコペコすると、ハルカさんの家の人も送り迎えだけで給与が発生するらしい。winwinの関係だ。


 投書箱を見ると猫の修道女から投書があった。相変わらずカリーヌとサンバがいないこと、猫の数が不思議に増えたこと。それぞれ手伝いをして欲しいと。

 見ていないふりをして、ゴミ箱にいれた。そりゃ避妊手術していないと増えるだろう。


 あなたを見続けてもいいですか?


 そんな投書があって、変なのわいたなとカウンターにスイッチを置いて、この為に持ち込んだモニターに接続した。本当はハルカさんの家に余っているモニターが無いかなーとか言ったら想像以上の物がきた。準備は万端。いざ、と視線を感じた。


 ブロンドの髪のきれいな青い目の女の子がカウンターの前に図書を置いた。


「貸出を」


 似た目に感じる異国感から予想外の流暢な日本語。日本人らしさを感じないので、帰国子女かと思った。出された本は小野不由美さんの営繕かるかや怪異譚。和風のホーラーだ。

「あ、うん」

 貸出の処理をして、本を渡した。お盆休みだけど、なんでここにと聞けるほどの関係性では無いだろう。全編日本語だから読めるか心配だ。彼女は大きな国語辞典を持って椅子に座った。最初のページで詰まった。本を目に近づけて、おそらく書き順を数えている。大方、障子が読めないのか、帰国子女に障子は難しかろう。


「読もうか?」

 あまりにも暇だが、生徒の前でヘッドホンをしてゲームは出来ない。


「あ、うん。お願いします」

 話すけど、読めない質か。


「もう少し難易度の易しい本はいっぱいあるよ」


「私は、日本人の、友達に言われました。小野不由美さんの、小説を読めたら、お付き合いしてあげる」


「なんで小野不由美さんなの?」


「友達が好きだから」

 ダブルミーニングを感じさせる見た目とは違うはかなげな百合。


 これはどうしたものか。おそらく題を出した当人はどうせ出来ないだろうとたかを括って、ふすまとか抽斗ひきだしなど漢字を使うことなく、ひらがなで読ませることの多い文章を調べきることは出来ないだろう。


 それではこの生徒はあまりにも可哀そうだ。そして相手に一矢報いてやりたい。一話だけでも読ませてあげたい。



「お盆は帰るの?」


「いえ、帰りません。毎日勉強。ここで、先生休み」


「私は暇だし、お給料が発生するからいいよ」


 次の日から特訓が始まった。一話の文字数はけして多く無いのが、それは日本語を操る民族だから意図が分かるだけだ。


 こうして私の夏は始まった。

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