第33話 たんすの裏の話

「たんすの裏を見せてくれないか?」


「いいわよ」

 小動物の部屋を出てすぐにそれはあった。大きな物ではなく、一メートルばかしの小さい物だった。たんすよりボックスの方が正しい。年季の入ったドアにはほこりがついていた。


「長く掃除さ」

 ハルカさんが私の腕をつねった。


「お兄さんがこの部屋にいらっしゃるのね」


「中様、お兄ちゃんを連れ出してください」


「まずお兄さんと会う為にしばらく通っていいかしら」


「受けてくださるのですか?」


「話を聞いた以上受けるわ」

 小動物の部屋に戻るとお兄さんがいかに素晴らしくて、とても人格者であるかを私たちにまくし立てた。

 お兄ちゃんがそれほど好きだなんてお兄さんも嬉しいだろう。

 年頃の女の子は男家族を嫌がることが多いので、お兄ちゃん冥利に尽きるだろう。

 ただ外が暗くなってもケーキやお茶の気配が無かった。



「私は門限がありますので、そろそろ」

 今の目配せは分かった。


「私は送るから、今日は」


「分かりました。しばらくお待ちしております」

 私たちは待たせてある車に戻った。中は涼しかった。


「どう思う」


「急に止んだ家族喧嘩、人格が変わったような両親、小さなたんすの裏のほこり。お兄さんの引きこもりが全てに影響しているわけよね」


「お前は本当にアホだな」


「アホ?」


「週末に毎度通うぞ。早く分かってくれ、じゃないと七月の期末まで引っ張ることになる」

 段々いびつさが分かってきた。

 いつも起こっている家族喧嘩、お邪魔しますというととたんに人格の変わる両親、出てこないお兄さんの気配すらない、足に当たる盛り塩、扉に張られた蜘蛛の巣とほこり、誇らしげできれいに整頓された小動物の部屋、清潔に保たれている部屋。

 ただお兄さんの部屋の前だけが時間が止まったようだった。



「先代が解決出来なかった」


「いや、先代は解決出来なかったという事が分かった」


「何よ、それ」


「小動物は今何年生だ」

 聞くと高校二年生だそうだ。お兄さんとは二年離れているらしい。


「小動物は二年生で、お兄さんは高校を卒業しているはず。引きこもりになるには時期がずれている」


「あのね、分からないようだから教えてあげるけど、引きこもりは高校に原因があっても高校を卒業したらリセットというわけではないの。お分かり?」


「昨年はお兄さんの年齢は高校三年生だった」


「何よ。留年?」


「私は解決をしたくないのだよ」


「嫌ならしなければいいじゃない」


「それは先代からの約束に反することになる」


「で、答えは?」


「明日、泊めてもらおう。それで答えが分かるはず、小動物は寝つきはいいが、お前は絶対に寝るなよ」

 ハルカさんはテスト前の勉強会として山田家に宿泊をした。私は教員役となり、ご両親は大変喜んでくれた。

 出てこないだろうケーキをお父さんは買いに行って、出さないお茶をいれるのにお母さんは台所に去って行った。勉強を始めてすぐに小動物は寝てしまった。


 小動物の睡眠を見守りつつ私は何かをハルカさんと待っている。部屋の外からガサガサと音がした。それは部屋の中から出る音ではなく、誰かが部屋に入る音だ。ハルカさんは静かに小動物の部屋から私を連れ出した。



「見ろ、これが真実だ」

 お父さんの後ろ姿から見たお兄さんの部屋には祭壇が作られ、酒と盛り塩が置かれていた。


「これでお兄さんは部屋から出た」

 お父さんは振り返らずにじっとしている。


「この依り代は山田伸介そのものである。引きこもりなぞ存在しない」


「伸介、お前なのか。また帰って来てくれたのか」

 ハルカさんから紙製の人形を奪い去り、お父さんは胸に抱き、崩れ落ちた。


「帰るぞ」

 そういって小動物の部屋から撤収し、まだ暗い中長い間待ってくれた車に乗った。


「あの紙の人形がぼろぼろになったら、あの祭壇を飾って、お兄ちゃんを作り出す」


「理由は?」


「優秀で立派でカッコいい兄を作りだしたかった」


「いたんでしょ?」


「先代は兄は夭折していると調べ上げた。子供が死んでしまったとは受け入れがたいことなのだろうさ」

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