第32話 ここでお願いしたら

「乗れ」

 いつものようにハルカさんの家に行くと二つあるガレージの車にはハルカさんが既に乗っていた。


「ようこそ、この車に乗ってください」


「そんな長いものはいらん。乗れ」

 はいはい、いつも通りね。心配だなお兄さんの家の人に「おい、引きこもり。さっさと家から出て生産性のある行動をしろ」とか言いそうだな。それくらいは心配している。


「家知っているの?」


「先代と行った」

 確かに昨日、愛しのパイセンとの話をしていたよな。

 二度目の訪問か、それにしてもよほど困っているのだろう。小動物も大変だな。

 車が出て早々聞けと言われて襟首をつかまれた。



「話を聞いて欲しい時は話がありますって言うんだよ。分かった?」


「そんな初歩的なことは分かっている」

 分かっているなら実践しようよ。


「いいか。家に入ったらお邪魔しますというのだぞ」

 さも当然の事をきわめて重大そうに言われた。私はため息をついて、襟首をつかむハルカさんの手を離した。


「普通の礼儀よ。ハルカさんじゃないんだから、余裕よ」


「いいか。絶対だぞ」


「楽勝よ」

 この余裕が私を奈落に落とすことになる。数分でとある団地に着いた。


「普通の団地だね」


「あぁ、普通の団地だ」

 遠き山に陽が落ちてが流れていた。


「こっちだ」

 車から降りようとする私を置いてすたすたとA5棟に向かっていった。


「なぜ先代が解決出来なかったか分かるか」


「分からないわ」


「解決わけじゃない。解決がんだ」


「どういう事?」


「着いた。インターフォンを押せ」

 中からえらく物音が鳴る。何かが割れる音、怒鳴り声と泣き叫ぶ悲鳴。


「小動物は家が限界に達すると図書室に来るようだ」


「お兄さんが引きこもり続けると?」

 かちゃりと音がした。


「入れという意味だ。開けろ」

 嫌な予感を覚えながら、ドアを開けた。


「いい加減にして、私ばかりに悟の世話を押し付けないで」


「俺は仕事でいっぱいいっぱいなんだ」


「そうやって無関心だから悟が部屋から出てこないんじゃない」


「うるさい、休日くらい寝かせろ」

 一昔前のよく聞く家族喧嘩。ドアの裏に小動物がいた。


「早く言え」


「何を」

 ハルカさんは声を潜めた。


だ」


「お邪魔します」

 喧嘩の声が消えた。


「あらまぁ、みくるのお友達?」


「はい山田さんにはいつも仲良くしていただいています」


「ゆっくりしていってね。後でケーキ買って来るわね」


「何かアレルギーはあるかい? お母さん先に聞いておかないと」

 さっきの家族喧嘩が無かったかのように平和的な家族になった。


「中ハルカと申します」


「教員の中神と申します」


「何の御用?」


「ここまで来るのに私が運転手で送迎を」

 小声で中々やるじゃないかとハルカさんが言った気がした。


「学校から遠いもんね。お父さんにお菓子は任せて、あとでお茶持っていくわね。アレルギーは?」


「ありません」

 そう健気に可愛く笑顔で言った。


「もうお母さん早く行ってよ」


「お邪魔みたいだから、後でね」

 小動物の部屋に入って、小動物はクーラーをつけた。


「あーあ、だるいわ。それで解決してくれるわよね」


「先代が色々調整したはずだが」


「先代? 何の事よ。聞いたでしょ。毎日あんな感じ、嫌になる。全部、お兄ちゃんが出てこないからよ」


「どうしてお兄さんは出てこなくなっちゃったの」


「成績不振。勉強もスポーツも、ご飯の時すら出てこないの。夜、家を出る音がするから、生きているとは思うけど」

 スポーツ推薦かなんかで高校に入って上手くいかなくなって、引きこもりか。


「それでそのお兄さんの部屋はどこだ?」


「たんすの裏よ」


「たんす?」


「裏に隙間があってドアがあるの。そこがお兄ちゃんの部屋。お兄ちゃんがそうしたの。秘密基地がちょうどいいって」

 ハルカさんは私に目配せをした。されてもさっぱり分からない。

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