第31話 遠回りが近道に

 きれいな服装、汗のにおいを感じさせないジャージでハルカさんは最終下校時刻の一時間前に帰ってきた。


「一時間前に帰ってくるなら、帰って来なくてもいいと思うよ」


「太宰治は今日までにしてドストエフスキーでも読もうと思ってな。在庫だけ確認してきた。お前は知っているか」


「罪と罰だっけ。あとさ、聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「ハルカさんって新田中学に通ってたことある?」


「ない」

 即答してきた。



「なぜそんなことを聞く」


「じゃ、新田小学校は?」


「幼稚舎からここまで公立に通ったことはない。一度」


「一度」


「家の方針で一年だけ社会科見学に行った。最低な一年で人生の汚点だ。それでなんだ」


「そうだったらいいなって思って」


「意味が分からん。それで私がいない間に何かあったろ」


「あったよ。変な女の子が来た」


「名前は?」


「言ったら依頼を引き受けてくれますよね。くらいの厚かましさはあったよ」


「小動物みたいで、裏表のある生徒」


「よく分かったね」


「兄が引きこもりで何とか外で自立して欲しい」


「そこまで分かるの?」


「先代が聞いて依頼を受けた。その結果、上手くいかなかった」

 そりゃ引きこもりが一朝一夕で解決するわけないよ。地道に遠回りで時間がかかるものだ。


「それにしてもこんな部屋に先代がいたの?」


「お前みたいなトロールはいなかったがな」


「もしかして憧れのパ・イ・セ・ン?」


「そんな浮ついたものではない。条件付きでここを受け継いだのだ。本が好きなのだ。部活動にも委員会にも居場所は無かった。私には本だけだったのだよ」


「ちゃんと自己分析出来て偉いね。悪いところは改善点に目を向けないことかな」

 圧を感じる視線、ごめんなさい。一生、草食ってます。

 人間にとって草って必要不可欠だよな。モロヘイヤはすごく好きだけど、茎と根に毒あるから、最初に茎食った先人は死んでいるはずだよな。いつモロヘイヤに毒があるってわかったのかな。


「おい草人間」


「草人間って何よ」


「とにかくその条件ってやつに従わないといけない。そのエセ小動物はこういったはずだ。ここでお願いしたら、何でもかなえてくれますよね。と」


「言っていたわね。一言一句たがわずに」


「先代はここを好き放題していいことを条件にここに来た謎にはのっぴきならない事情が無い限り話は聞かないといけない」


「のっぴきならない状況?」


「大人が介入しないといけない犯罪だ。でもここにはアンラッキーなことに大人がいる。その時点で犯罪でも受けないといけない」


「今回は引きこもりのお兄ちゃんを助けてって話でしょう? 話聞くだけでも大変じゃない?」


「では、一年前。なぜ解決しなかったのか。明日の朝から来い、私も朝から待っている」


「あのね、あなたは生徒。勉強をしないと単位を取れないの。お分かりかな」


「愚鈍な子供が受けるような教育なぞ私は既に理解している」


「どうかな。体育はその愚鈍と受けないと合格点貰えないと思うよ」


「だから今日出た」


「球技大会」

 ハルカさんはこちらを一睨みした。


「体調不良で休む」

 秀才っていいわよね。ちょっと努力したら数万歩先まで行っちゃう。

 高校時代の私にはなかった才だわ。こんなに頭良くてこのコミュニケーション能力では、クラスでも扱われ方難しいだろうな。

 勉強のアドバイスをするって低姿勢を見せるだけでも生きやすさは違うのに、そっか友達はいないのか。



「気持ち悪い、その視線は止めろ」


「分かってあげられなくてごめんなさい。でももう少し優しくなったら学校生活がもっと楽しくなるから、ゆっくり学んでいこうね。遠回りが近道になるわよ」


「私の思っている通りなら、私に失礼だと思うが」


「教室で居場所無くても今からでも間に合うわよ」


「私はお前より周りの人間には親切だ」


「友達いないのに?」


「持たないだけだ」


「みんなそう言うよ。引きこもりと同じ、遠回りが近道になる。一緒に頑張りましょう」

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