第28話 エピソード2 閑話2
「で、なんでこんなに小さいのよ」
マモは出し抜くにはこれで限界だったと言った。そう言い訳を放ったマモにイクは容赦しなかった。
「私たちの棺桶よ。せめて高速バス程度ないとダメよ」
「じゃ、じゃああなたが持って来なさいよ」
「なんでうちの親を出し抜いて、私が苦労しないといけないわけ? ということだからアンよろしくね。お痛したら今度は上裸では済まないかもよ」
ここ半年でイクの異常行動は増してきた。きっと家で何かあって、その苛立ちをこの二年五組で発散している。誰も干渉しない秘密の園。もう死んでしまいたいほど苦しくて、集団自殺を催すくらいの破壊衝動だ。
アンは裸の写真で死ぬまで脅される。トリマーの夢も果たせないだろう。
「ねぇ、ジェシカちゃん。お姉さん間違えてる?」
「夢は果たせぬ未来は終らぬ」
「韻踏んで詩人気どり?」
イクから視線をそらした。
「昨日、私は中学生の従兄弟の筆おろしに使われたよ。歳近の女性がいいそうだ。あーあ、子種を出されて妊娠しちゃったかもなー。猿だよ、いやだいやだ。何をあんなに必死で馬鹿だね」
「そんなの警察に行って」
マモはきっと正義感でアドバイスをしただろう。でもイクの闇はそこで晴れることは無い。
イクは黙って席を立ち、扉を強く蹴った。その仕草が今日の授業が終わりであることの合図だった。ショートホームルームに香住はやってきて形だけの反省会が行われた。
「皆さん、今日もいい過ごしが出来ました。主に感謝を」
「主に感謝を」
「学級通信、来週までにお願いね」
そういって、香住は教室を出て行った。
「死が決められた学級で何が学級通信なのよ」
マモのつぶやきはその通りだが、私たちは自分たちの死を隠さなければならない。その為には通常運転で来月の野外活動の目標を決めないといけない。
「愛を祈るのはどうかな。愛がさ、私たち一番遠いじゃん」
アン下を向いてつぶやいた。マモはすかさずアンを抱きしめる。アンはグズグズと泣き出した。
「愛する主のお導きのままに」
誰かがつぶやいた言葉に全員がはっとした。
「そうだよ。それにしよう」
いつもは静かなミウがそれだけ発言して机に突っ伏した。
私たちは主のお導きのままに死ぬ。
「ねぇ、なんで私たちは死なないといけないの?」
「イクがそう言ったから」
ミウはまた顔を上げた。
「私たちまだ戦えるわよね」
「そうよ。何もイクの言うままに」
ガンっと扉が音を立てて開いた。
「へぇ、そんなこと言っちゃうんだ。裸の写真なんていくらでもいじれるのに? 確かに被害者ってやつは全員じゃないけどさ」
「私たちは死ぬ以外にも選択肢はあるわよ。今からでも遅くない。イクも一緒に生きる道を探しましょうよ」
「一生筆おろしだけの女に未来があるって? 笑わせる。なら私だけ死ねって顔してる。愉快愉快、いいよ。野外活動の前に掲示板に張ってあげる。トイッターのアカウント作って、エッチなことに興味のある女の子でーすとかさ、顔写真もつけないとね。で、そんなことになっても生きたい? 胸を張って生きていきたいの? すごいね、私には出来ないや。あーあ、ほんとにそんけーそんけー」
誰も言葉に出来なかった。ここで半年以上過ごして相手の性格は分かっていたはずだ。イクはお調子者でアンをいじって、マモがいさめて、他が無関心。そんな教室だったはずだ。裸の写真を公開されるのは死ぬほど嫌だ。今すぐイクを殺して写真を消したい。それでも分かる。イクの絶望が狂気が痛いくらいに家で粗雑に扱われる私たちだからわかるのだ。その悲しみや辛さが痛いほどに。
「分かった。私たちは野外活動の日に死ぬ。全員で必ず」
「決断をしてくれた皆に敬意を表し、バスを確保出来たという報告をさせていただこう」
いつものイクに戻った。
「ちゃんと観光バスタイプのやつで塗装は撮影に使うって言ったらしてくれたよ。お金持ちパワーはすごいね。ということで七月二十八日。みんなで片道切符をつかもう」
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