第25話 初めから欠けていた

 放課後、図書室か公立図書館か迷った。


 図書室に行ってもあの悪辣性格激悪糞餓鬼女に「お前は考えが至っていないな。どうだ。経験は物を言うだろう」なんて言われそうな気がする。


 公立図書館に行き谷沢高原の事故で検索してもらうと記事はすぐに見つかった。コピーをお願いすると書類を書いた。


 内容を見て想像通りだった。ただ、分からないことが一点ある。引率の教員がいないのだ。バスには教師は誰も乗っていなかった。

 バスは路肩に止められて、強風にあおられて崖下に転落。五人とも、死亡。原因は片輪のパンク。


 ちゃんと整備されているバスなら片輪がパンクしたとしても安易に倒れないだろう。事故調査もバスに欠陥は見られなかったと報告があった。


 ではなぜここまで大々的に事故調査委員会まで出てくるのかというと五人全員の親が何らかの企業の上役だった。

 事故調査委員会は五人がパンクした方にぶつかっても崖下には落ちないだろうという結論になり、一か月後には新聞記事は見つからなかった。


 死亡した五人は松下アンジェリカ、諏訪部未海すわべみう、ジェシカオールド、池田満守いけだまもり富田偉空とんだいくだった。


 これはいたずらなら質が悪すぎる。私は着信に気づいた。よく知らない電話番号だったが、誰か分かった。その着信は返さず、私は学校に帰った。



「私は待ちくたびれた。いつ間抜けが帰って来るかと」

 ハルカさんともう一人初老の男性が図書室の椅子に座っていた。


「間抜けじゃなくて、中神先生ね」


「なーか」


「なーか!」

 私は目頭を抑えた。ついに名前を呼ぼうという努力をしてくれた。嬉しい。



「そんなにこの子はひどいのですか」

 初老の男性は引いているが、そんな場合ではない。


「そりゃもう触ろうとしたらひっかいてくるし、名前はいつもおいとかお前だし、栞は使わないし、投書箱は自分で取りに行かないし、その上誰に相談してもあの姫君だからって流されるし、もうひどいの一言でも足りない」


「ハルカ。どういうことだ」


「パパ、そのハルカ恥ずかしくて」


「恥ずかしいもなんだ。もう一年だろ」


「パパ、ごめんなさい」


「謝るのは私では無いだろう。中神先生にちゃんと謝りなさい」


「中神先生、ごめんなさい。もう悪さはしません」

 私の胸がきゅーんとした。これが萌えってやつか。いつも雑に扱われているからちょっとだけギャップに襲われているだけだ。きっとこの初老の男性がいなくなったらいつもより雑になるのだろうな。あー、嫌だ。



「ちゃんと継続しなさい」


「分かりました。パパ」


「よろしい。先生いつもお世話になっております。私、ハルカの父のアタルヨウジと申します」


「アタルですか?」


「珍しい名前でしょう。真ん中の中でアタルです。洋二は太平洋の洋で二です」

 目の前の男性は中洋二という男性でこのハルカさんは中ハルカなのだろう。


「そのご親戚に三年ほど前に新田学校にったちゅうがくにいた男の子はいませんか?」


「新田中学って近くですね。確かハルカも一時期通っていました。家庭の事情で一年ばかり、親族は男の子はみんな公立なので、それで何か」

 一年通っていた? 馴染めなかったから、教室に行きたがらないのか、計算はどう合わす。通っていたのはいつだ。親族の男の子が多くいるかもしれない。


「その約束をしたので」


「どういった?」


「また会おう。みたいな」


「パパ、本題」

 頬杖をついたハルカさんは待たされたことが不服なのだろう。さきほどのデロデロな空気は無い。


「そうだった。二年五組の件だったね。調べはついたようだね」


「公立図書館で」


「悲しい事故だった。香住五群かすみごぐんだったから保護者会でも有名で」


「香住五群?」


「なんだお前、香住と分からないで話をしていたのか」


「ハルカ」


「先生は中庭でお話をされていた先生を香住先生と分からずに話されていたのですか」

 丁寧語を使うとこんなに長くなるなんてすごいね。



「知らなかったです」


「私から説明するね。二年五組は香住先生の担当でね。そりゃ事故の時は気の毒で」


「引率はされていたのですか?」

 していないと書かれていたが、説明をしてくれるのだ。相槌くらいは打っておこう。


「急病で自宅におられていた。中神先生は記事を見られていたのですね」


「はい、事故調査の結果。バスの整備不良で社長が逮捕」


「ということはバスの運転手がどうだったのかは?」

 そう言えば記事のどこにも無かった。

「あの野外活動には大人は最初からいなかったのですよ」

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