第22話 不良の対価

「あのあと、大変よ」


「生徒への勤労は教師の義務だ。それに体育館の掃除を放っておいて、何か愚痴でもいいたそうな面持ちだな」

 私を後ろに何か資料を探っているみたいだ。


「いくら両人がお金持ちでも使えるお金には限度があるはずよ。それをリムジンに乗って逃亡って」


「何日持つだろうな」

 小さくて学園で大きな良心がある社会に甘やかされて育った二人が外の冷たい風の中、暮らしていくことは容易ではない。

「大方、アルバイトとは何かから入るか。貯金を下ろすのにどうしたらいいか。なぜか自分のクレジットカードが凍結されているとか。二人は知っていくだろう。カッコよく舞台から去って、そうした手前戻りづらいことこの上なしだ」

「黙っていても食事は出て、きれいな制服で登下校、友達はみんな良心的で大きな声で怒鳴る大人もいない」

「頭を使ったな。よし、今日は帰っていいぞ」

 ハルカさんは大きく伸びをした。


「なら、なんでリムジンを手配したの?」


「手配ならあの二人が」


「使用人に手配を任せる二人が自分で手配出来るわけない」


「お前さ、なんでこんな簡単なことが分からない」


「何が」


「楽しいおもちゃは多いに越したことはないのだよ」

 振り返ったハルカさんの目は怪しく光り、吊り上がった口角は不気味に見えた。


「おもちゃって」


「学園の卒業式でかっこいいことを言って卒業した奴は過去には何度かあった。恋愛絡みは今回だけではない。浪人が決まったと笑い話を深刻そうに話す者もいた」

 それは笑い話ではなく、本当に深刻だったのではなかろうか。


「おもちゃはひどいね」


「今まで他の人間の恋バナを聞いて盛り上げたことは無かったか?」

 覚えはある。この時点で抗弁が出来ないことを確定させた。


「所詮、経験している者は多くある。お前が気にすることは無い。それに女子高校生に四十は荷が重い。幸せな未来も夢を見ていいだろう。私はあと二回は手を差し伸べてやろう」


「案外、優しいのね」


「頼ってきたらの話だ。天からのご褒美だと思っていることだろうな」


「私は体育館に戻るわよ」


「勤勉な教師をうたっても今更だろう。城田の奴が体育館の外でうろうろしている。怒られるかどうか」


「真っ青な顔してトイレって言ったはずよ」


「女子校歴が長い男だ。真実か否かくらいお見通しだろう。大方、どこかでサボってたばこなぞ楽しんでいることかと思われているはずだ」


「ちゃんと吸う場所はあるわよ」


「貸しにしておいてやる。校内は喫煙禁止だ」

 そういう悪さをするのがストレスの解消法なのだ。別に酒飲んでいないのだから、いいだろう。


「だから投書が来る。理科準備室から煙草の匂いがして困っている。理科委員が疑われて困っています。犯人を明らかにしてください」


「本当に来たの?」


「貸し一だ」


「本当に来たのね」


「あー、知らない知らない。私は今から数学の課題をしまーす」


「ちょっと答えなさいよ」


「中神先生。煙草というのはどういう意味ですか?」

 恐る恐る振り向くと目が笑っていない城田先生。

 突然の事で口はすっかり乾いてしまい言い訳もままならない。

 あのやそのすら出てこない。



「中神先生は私の青少年育成ポスターの作成を手伝ってもらっていました」

 何も知らない無垢な子供の声が後ろからした。


「なんだ。美術の課題か。それにしても校内は煙草禁止なのにどうして中神先生が喫煙者だと思ったのだ」


「大人ってみんな悪いことをしているでしょう? 池淵先生とか」

 突かれると痛いらしい。城田先生の顔がゆがんだ。待て、まだ校内で私が喫煙している線が消えていない。


「ま、まぁ。そんな大人もいるだろうな。中神先生、そういう生徒や大人がいたら僕に教えてください」

 そう言って、城田先生は去って行った。


「城田は池淵の従兄弟なんだ」

 年度がかわって、私は風紀委員の顧問に任命された。

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