第19話 礼儀と交友は別物

「たまっている」

 新年一発目のハルカさんの一言に当然とは言いづらい。年末にアホな飛び込み依頼が入ったせいで、際物でも対応するという噂が立った。


「何かしたか?」


「何も知らない」

 こっちをじっくり見るハルカさん。


「まぁいい、ちゃんと厳選をして他はシュレッダーだ。やっとシスターがシュレッダーを持ってきた。まさか手で回すタイプだとは思わなかった。人に尽くすには一夜の努力では叶う物ではないと。シュレッダーは紙を切るものだ」


「捨てるの?」


「どこかの馬鹿がシスターに歯向かったそうではないか」


「シスターって結構仲良く言うけど、知り合いなの?」


「うちの家の使用人だ。生真面目なのが玉に瑕だが、仕事は粛々とこなす。それでそのお弁当はなんだ」


「そのハルカさんはおせち食べる人?」


「そういう文化は無いが」


「その彼氏が」


「いるのか!」

 えらい剣幕だな、いないと思っていたのか。随分、舐められたものだ。


「彼氏が年末に別れを告げて家から出て行った。彼氏が黒豆の煮物が好きだったから、黒豆を炊きすぎて在庫がすごいの」


「捨てればいいだろう」


「黒豆だって生き物だよ」


「うちのシスターみたいなことを言うな。仕方ない、職員室の面々に」


「あげた」


「どれくらい炊いたんだ」


「二リットル」

 私でも全部消費出来るかと言いながらハルカさんは箸を取り出した。


「何やってんの」


「箸は日本人の基本だ。いつでも持っていていいものだ」


「黒豆食べるの?」


「当たり前だ。配下の責任は将が持つ」


「ハルカさんの配下になった覚えは無いけどね」


「本年もよろしくお願いいたします」

 驚いた。ちゃんと敬語を使うことが出来るなんて。


「こちらこそよろしくお願いします」


「今さっき失礼な事を考えただろう」


「滅相も無い」

 察しがいいのは変わらないか。


「せっかくだ。挨拶回りに行こう。まずは校長室だ」

 ちゃんと気遣いが出来てすごいね。かなり見直したよ。


「今も失礼な事を思っているだろう」


「滅相も無い」


「今日はハッピーニューイヤーだから許してやる」

 校長、教頭、各学年主任。同窓会会長に理事長、理事、全ての担任と副担任。用務員さんや保健室の先生。


「これくらいでへばるなんて情けない」


「十代の体力と三十路の体力は違って当たり前よ」


「やれやれ、先行きが不安だな。そう言えば、来週辺りからたくさん来るから覚悟しておけ」


「体力が終わっている先生にそういうことさせるの」


「暇を持て余す社会科教員のお前にぴったりだ。新任の先生の情報を知りたい女がわんさか来る」


「ハルカさんはどうするのよ」


「二月は国内研修旅行だ。こればかりは自習ではどうにも出来ない。フライトはファーストを取った。他の有象無象みたくエコノミーで行くと体が固まって辛いのでな」

 ババアみたいなことを言うなよ高校生。


「失礼な事を思うのはいいが、顔に出さない方が長生き出来るぞ」


「出すのはあなたの前だけと決めているので、出しても私みたいな小間使いは早々現れないでしょうからね」


「代わりはいくらでもいる。それを肝に銘じておけ」


「はいはい分かりましたよ」


「なんだ?」


「お土産はいらないから元気で帰ってきてね」


「心配しなくとも土産を買う選択肢なぞ最初からない」


「先生方には挨拶するのに?」


「礼儀は必要な行為だ。だが交友は違う。それに土産を全職員に与えるとお年玉が半分飛ぶ」


「チョコレート好きなの」


「帰れ、調べることがある」

 はいはいと外に出たら寒い。次の春が最後かなアタルも。元気にしているかな。

 私は寒さに震えながら職員室に戻った。

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