第15話 親友に会いたい

「我が校の経営戦略としましては」

 講堂で話しているのは偉い人、脇に座るのも偉い人、舞台の下に座っているのも偉い人。後ろで受付をしていた私達は一般教員。仕事が終わったからもう返して欲しいのに聞いていくのも仕事のうちだと言われた。


 経営戦略とか言われてもよく分からない。


 解放されたのは夕方の十六時。片付けまでやって、校長先生は事務長と出て行った。



「校長先生は今から接待なの。かくいう私もこの後は校長先生と合流よ。えらくなるもんじゃないわよ」


「すみません」


「昇進は程々にして結婚するのも悪く無いわよ。時代錯誤かしら」

 曖昧に笑うしかなかった。


「昇進したい?」


「程々でいいです」


「そう? 学年主任の席が来週空くけど」


「今は経験を積みたいかなって」


「二年の田代先生。人格者でシスターの息子さん。シスターが認知症で自宅介護するために退職って、シスターの口添えで入った高校だからシスターが去るなら共にって」


 場所は変わって図書室に、飼い猫の機嫌はよさそうだ。


「ゲームで知り合った親友ともに会いたい」

 件の退職する教師だ。


「それでここには女しかいないがどうやって会うつもりだ」


「親友は春陽台にいると言っていた」


「作り話だとしたら?」

 言うだろうな、そんなことは無いって、今まで来た人間のタイプはみんなそれ。



「君が言うならあきらめるよ」


「物分かりがいいじゃないか」


「もう若くない。頭は薄く勤めても学年主任にしかなれなかった。教頭なんて後から入った有能な人が入ってしまった」


「同情は買わんぞ」


「そこは少し狙った。申し訳ない、失礼するよ」


「感動しました。私、探すの協力します」

 ハルカさんは額を押さえた。


「なんで一々悪手を踏むのか分からん」


「だってこんな控えめな人が一生懸命探そうとしているのですよ。最後にいい事あってもいいじゃないですか」


「そのゲームで知り合った人が男性職員であるという可能性は低いのだぞ。その頭は無いのか、もし生徒だったらどうする」


「ゲーム名は?」


「ウィファン」


「調べました。萌え豚がいなさそうなゲームです。ご退職は?」


「年末には」


「分かりました。研究しますね。失礼します」


「お前、仕事は?」


「最終下校時刻です。お疲れ様です」

 ウィファンをダウンロードして気づいたことが複数ある。

 まずは基本的には放置ゲーなので日常生活と並行しても差し支えないゲームであること。

 しかし、ゲームランクを上げて報酬を多く貰おうとするとチームワークが試されること。



「中神先生、会議の議事録をください。うわっ、顔色悪いですね」

 教頭先生が近づいているのすら分からなかった。


「まさかパーティーがここまで集まらないとは」


「パーティー? ゲームですか。懐かしいですね、ウィファンですか?」


「知っていらっしゃるのですか?」


「昔、遊んでました。中神先生と同じく議事録のテープ起こしに文句を言いながら」


「すみません、そういうつもりでは」


「いいのよ。昔ね、同じくらいの歳でパーティー組んでいた人がいてね。すごく親切にしてくれたの。住所も本名も聞かなくてもう一度会いたいなサブ君」

 日常は時に神の悪戯で大きな奇跡を産むことがある。

 私は少しも考えなかった。なぜパーティーを組むことが難しいのか。

 なぜ生徒に聞いても不思議な顔をされるのか。答えは簡単だった。

 ネット上の攻略掲示板の書き込みが薄かった。

 ウィファンは十年前に課金サービスを終了し、本当の意味で放置ゲーになっていた。

 その会話を田代先生は聞いていた。



 やがて、二人がどうなったかは蛇足だったが、良き友としてまたは。


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