第12話 猫に仕えるシスター

「こんなものも来るのね」

 大進歩だ。箱の中身を見せてくれるようになった。


「これが一番ひどい。二ヶ月に一回来るんだ」


「うちの猫を探してください? 別に普通だよ」


「ちょうどいい。猫探しに行ってこい」


「あのね、忘れているかもしれないけど、私は教師なの」


「忘れていた」


「怒らないから教えなさい。なんだと思っていたの?」


「それは怒っているという意味だろう。くだらないことで叱られたくない」


「猫探しくらいいくらでも行くわよ」



 そう言った昼休みの私を殴りたい。行くなよ、絶対に行くなと諭したい。

 学校の中に教会がある。ミッション系の学校なので、必要な設備なのだが、連れられた部屋でそれを見た。気弱そうなシスターに連れられやってきた小部屋は猫だらけ。



「これは」


「まさか投書箱に反応してくださるなんて神のお導きですね」


「あの避妊とかしてます?」


「性行為は人の罪です。ですが、動物は自由であるべきです」


「掃除は」


「私が毎日しています」

 その割には行き届いていない。


「それで今回逃げたのはカリーヌとサンバという猫でカリーヌは黒い猫でサンバは白いですが鼻だけ黒いです」

 黒い猫と鼻が黒い猫はここだけでも十はいるだろう。床が見えない。


「あのそれではあまりにも特徴が」


「呼べば来ます。多くの信徒の献身があれば、神は幸運を授けてくださるに違いありません」


「それを月にいくらくらい」


「今月だけです」

 では、ハルカさんはなぜ二ヶ月に一回と言ったのだろうか。


「そうですか。それを聞いて安心しました」


「カリーヌとサンバは。それではお願いしますね」

 なんとなく事情が分かってきた。要は今からすることはこの大きな学園で自己犠牲を胸に燃やすシスターの猫探しだ。

 二ヶ月に一回ということはきっと一回目で分かったのだろう。無理ゲーであることを。そしてあのシスターは全く探さないということも。



「不幸だ」

 写真も無い、どんな大きさかも分からない猫をどう探せと。


 土曜日の図書室は本当に誰も来ないので資料作りには持って来いだ。


「どうした。猫探しは」


「あなた私が教師であることを忘れていない?」


「おっと、猫探しの達人であると思っていたが違ったか。苦労するだろ」


「ねぎらいの言葉では無く、何か有効なアドバイスをちょうだい」


「依頼を受けてから何をした」


「まずは一週間学校を見回ったわ」


「それから」


「一週間学校の至るところを探したけど、いない」


「そして今週は?」


「猫探しのポスターを作ったわ。他に何をやれってのよ」

 ハルカさんはにやにや笑って聞いていた。

「私だって暇じゃないのに、教会から視線を感じて緊張しっぱなしよ」


「それでは知恵を授けよう。なぜ二ヶ月に一回の依頼なのか」


「それは猫がいなくなるからよ」


「シスターはどんな人間だ」

 少し考えてみた。


「大人しくて神を信じている敬虔な信徒よ」


「掃除は行き届いていたか。猫の避妊手術をしていたか。猫の名前は何だったか」


「カリーヌとサンバよ」


「あのシスターは最終下校時刻に寮へ引っ込む。教会は二十四時間営業だが、人間は休まないといけない。それで明日言うのだ」

 ハルカさんの話を聞いて、シスターを捕まえた。



「シスター。猫が見つかりました。あの部屋に入れておきました」


「ありがとう。あなたに神のご加護があらんことを」

 シスターは長くこの学園に仕えているらしい。もうじき八十だが、学園は清掃が行き届いていない証拠を探すのに苦労したそうだ。


「私の時もカリーヌとサンバだった」

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