第6話 事件はもう終わっていた

 教員用入り口から出勤するとなんだか騒がしい。生徒達の輪に教頭先生が立っている。



 生徒の数人は「やっぱそうだったんだね」と、言っていて察した。



 職員室に行くと池淵は顔を真っ青にさせて、吉永はむっつり黙っていた。悪意のある第三者が二人の不倫関係を公表したのだろう。職員室の空気は最悪だ。


「それでは朝礼を始めたいところですが、この件が事実であれ、そうでなくても職員のプライベートは守られるべきです。ですので、この話はこれで終わりです。手の空いた先生は撤去にご協力ください。早く授業へ」


 私は手の空いてる教員では無かったので、さっさと教室に向かった。


「ブッチーと吉永先生が不倫してたって、ま?」


「知らないわよ。ワークやってきたでしょうね」

 みんな今回は百点取れるよ、進学校だよ。舐めてもらったら困るよ。



 空欄で百点は止めろ。



「ふっ、まさか。その手でくるとは」


「ワークやってたら赤点は回避出来るはずです。追加課題出すね」

 起こる非難の声。


「あなたたちに追加課題を出すと私の仕事量が増えるの」


「姫君のところの方が不倫職員室より楽なのは分かるけど、姫君は堅物って聞くよ」


「最近ごめんなさいが言えるようになった」

 小学生かよ、引くわ。そんな声が聞こえた。先生やってたら小学生だろうが何だろうが教えるのよ。ワーク明後日までだからやってきなさい。

 非難の声は上がったが、その姫君というやつはウキウキしているだろうな。


 放課後、変に整頓されたカウンターの中。ゴソゴソと動く人影を見ているとそれは振り返った。



「あぁ、お前か」


「私が担当する教室であなた小学生って言われてたよ」


「馬鹿にするな。脳はちゃんと高校生だ。可愛くて食ってしまいたいと思うならやめておけ、貞操を捧げる相手は決まっている。そんなことはいい、今日は客が来る」

 こんなホコリ臭い図書室に好き好んで誰が来たいと思うのか。


「お前、コーヒーを買ってこい」


「あとでお金貰うわよ」


「生徒に金を出させるのか? 客の分も込みだぞ」


「あのねハルカさん。知ってると思うけど人間は二本しか腕がないの」


「私の分と客の分だ」

 傍若無人振りに腹が立って、図書室を出ようとした。


「交換条件次第では昇給を見込めるぞ」


「どういうことよ」


「事件は取り替えがテーマだったはずだ。ブラフと思わされて、事件は終わった。池淵と吉永女史の不倫を昇降口の真ん中に置かれた灰皿の上に写真が挟まっていた。全裸で身を寄せ合っている写真がな」


 そこまでの情報を持っているのは意外だった。全裸で身を寄せ合うと?


「意外そうだな。お前は何も分かっていない」


「お前じゃない中神先生」


「客だ。お迎えしろ」

 白い顔をした吉永先生が立っていた。


「不倫の証拠を抹消してくれるの?」


「場合による」

 明らかな事実がそこにあった。


「訳を話してもらおう。話はそれからだ」


「中神先生が言わないという可能性は?」


「そこの女に得が無いが、昇進の為なら言うかもな」


「言ったら殺してやる」

 殺すくらいなら最初からしなければいいはずだ。私は目を逸らした。



「春陽台の理事に親がいると厄介だな。歳下の男で遊んだツケがきたのだ。何人に同じことをした」


「何人ですって?」


「私の知る限り六人目だ。そして密告者はその六人の中の誰かだ」


「どうしてわかるのよ」


「それは井川満助いがわみちすけ。唯一残った昔の男で仕事の出来る事務員だ。嫉妬だろうな。学校の物を自由に動かせる男は井川しか残っていない」


「じゃ、大移動は何の為よ」


「決まっている。印象をつける為だ。ただの写真では処分されることを考えたのだろう。大事件に仕立て上げたのだよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る