第5話 事件は既に起きていた

「事件は既に起きていた」

 閉め切ったカーテンから、今日降り注いでいる太陽の光は入って来ない。この娘はいきなり何を言いだすのか。


「事件、なんかあったの?」


「事件は既に起きている。用務員室の吸い殻入れがキャンバスに変わっていた」


「だから何それ」


「美術室のキャンバスが天体部の天体望遠鏡になっていた。この事件は意図して計画されたもの。事件は既に起きている」


「そんな難しい事を考えていると課題終わらないよ」


「終わったが?」

 地頭はいいどころか秀才だ。これは確かにリリースしづらい。


「それでハルカさん。事件は起きているの?」


「お前、聞いてなかったのか」

 何度も先生を付けるか、さん付けにするか教え込もうとしたが、そこまで定着してない。まぁ、「その」とか「あの」よりはマシだと思うしか無い。少しずつ成長はしてる。


「その事件ってどこで分かるの?」


「そこの投書箱に紙切れが入っているだろう。そこから拾った」

 あぁ、あのカゴね。


 大方、落書き用紙がたくさん入っているかと思ったら、普通なのも入っているのね。



「これは挑戦状だ。この図書室王の名にかけて、解決をしてやるぞ」


「はいはい、次はこの課題ね。終わるまで仕事させてくれないっていうんだから」


「これはもう答えを書くだけだ」


「課題をする人間はみんな答えを書くだけっていうのよ」

 ハルカさんは難しい顔をしている。課題に詰まったのだろうか。


「おかしい」


「変な課題もあるの?」


「話を整理しよう。まず始まりは一ヶ月前」


「ここは公式を使うみたいね」


「解くのが楽勝すぎる。用務員室の灰皿が美術室のキャンバスに変わっていた」


「そうしたら日本史ね。将軍全部言える?」

 器用な物でサラサラと書きながら難問とやらを考えている。


「美術室のキャンバスは天体観測部の天体望遠鏡に変わっていた。部員の誰もが動かしてないようだ」


「やっと終わった。仕事が出来るわ」


「天体望遠鏡は何に変わっていたと思う」


「さぁね」


「三年二組のチョーク一色だ」

 今時、チョークなのか。教室はホワイトボードが多いのに。


「でも困らなかった。ではなぜ犯人は使わないチョークをソフトボール部のバッドと交換したのか」


「投書があったの?」


「悩ましいがソフトボール部のバッドが学校一足の臭い女のスニーカー一年物に変わっていた」


「それは嫌だな」


「持っていかれた生徒は阿鼻叫喚の嵐だったそうだ。三年物に仕上げてブッチーに告白するって決めていたらしい」

 池淵には荷が重すぎる。流石に嫌な顔をするだろう。


「何と入れ替わってたの?」


「お、お前も気になるか?」


「中神先生」


「お前は何でこんな教室でダニを飼うような学校に就職したのだ。三十路前に」


「三十路前は余計だろ」


「悪かった」

 よく言えたね。この三ヶ月間、初めましてとごめんなさいはいつ言えるか楽しみにしてたよ。三ヶ月もかかるなんて思っても見なかったよ。


「で、ダニ飼ってたの?」


「二年五組の後藤という女がベッドで発見したようだ。大きな新種だと持ってきて生物部の人間に聞いたら、大きなダニと言われたから飼うことにしたそうだ」


「それがその臭い靴の入れ物の近くに?」


「そうだ」


「犯人は灰皿を隠したいと思うけど、どうかしら」


「でも、簡単に盗める物と簡単には盗まない物をしっかり選んでいる」


「そこがミスリードで灰皿の中に不都合な物があったのだと思うよ」

 しばし訪れる沈黙。


「謎は解ける為にある。今日も尽力した。仕事に戻ってくれ。私は投書を読む」

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