第2話 目のきれいな女の子

 あてにしたわけではない。春陽台で働き始めて四年が経った。面接で志望理由を聞かれた。考えていた素晴らしい回答は他の志望大学生が先に言ってしまった。


 三十に届く大人が若い人材を教育する春陽台高校で尽力したいと言ってもそもそも若くない。


 ここもあの年度末に行った学校の先生の紹介だった。学生と並んでいるのはおこがましい。教員免許を取ってすぐに就職しなかった理由やなぜ今になって教職の道に? 予想した質問を一つ一つ答えた。



「なぜ我が校に?」

 なんで二回も、しまった。聞かれたのは教職の道を聞かれただけだ。仕方ないのであのアタルの事を話した。

 契約終了の日に出会った少年。猫背で目がやたら美しくて、顔を立ててもらった事、次はアタルの顔を立てる約束をしたこと。



「興味深いですね。我が校は女子校ですが、いいですか?」

 春陽台は昔から有名な女子校だ。アタルも知っているはずの情報だ。もし知らなくて私が勝手に約束を果たそうとして、空回りをしてしまった。ダメだ。私はここに立つ権利すらない。


 後に採用された時に訳を聞いた。あそこにいた全員が合格だった。あれは最終面接だったのだ。そう言えば筆記試験やグループワークをその前の選考でしたな。


 そうして春陽台の教員として二年働いた。三四になってあのアタルが高校生として入ってきてもいいくらいになった。



「中神先生、今年もアタルは来ませんでしたね」


「男の子だったら今年も会えないかもね」


「小学生でも春陽台は知っているでしょう」


「どうかしらね。池淵先生、ファンがお呼びですよ」

 印刷室の扉の隙間から中を覗く可愛い女の子たち。


「僕は中神先生に振り向いて欲しいですけどね」


「ケツの青いガキには興味ないからね」

 そう言って私は印刷室を出た。


「なかちゃんはやっぱおばさんだよね」


「どこの国民的美少女捕まえて何言ってんの」


「だってフッチーの事ケツの青いって」


「青いわよ。めちゃくちゃ青い、私くらいの女になると二十なんてガキよ」


「確かにフッチーと吉永先生が話をしているとムカつく時あるけど、なかちゃんって安心だもんね。どっちも無いから安心だよね」


「あるかもしれないだろ。無いけど」

 生徒の関心は印刷室から出てきた池淵先生に映った。彼女いるの? 不倫とかしてたり? してないよね、フッチーに不倫は無いわ。

 女子中高校生の嗅覚は恐ろしい。既婚の吉永先生は既婚池淵先生と不倫をしている。


「不倫したら奥さんに殺されるよ」

 もうそろそろ殺されそうな気がするよ。


「今年もアタルは来ませんでしたね」

 最終面接で生徒指導のフリをしていた校長先生に茶々を入れられるのはもう二度目だ。


「女の子にアタルって付けるの珍しいですよね。阿多流?」


「何かの流派ですか?」

 しまった、なんて漢字か聞いておけばよかった。


「何の話しているんですか?」

 教頭の佐々木先生が職員室に入ってきた。他にも複数先生がいるが、何人かが聞き耳を向けているだけで半分くらいの先生は仕事をしている。これは若い先生も鍛えられるだろう。


「女の子にアタルはどうつけるかって」


「流派かなって」


「アタル、アタル。それは分からないけど、中神先生、まだ委員会持っていませんでしたよね」


「部活動もまだですが」

 勢い余って学校図書館司書も取ってしまったことは面接でも漏らしてしまった。


「授業の無い時に図書室いて欲しいの。厄介な住民がいるの」


「それはいいですが」


「じゃ、さっそくよろしくね」

 送り出された図書室には先客がいた。


「あの授業は?」


 低い声で「程度の低い奴といたくない」と、言った女の子の目はとても美しかった。

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