第1話 教師を続ける賭け

 教員免許を取った全員が教師になれるわけではない。もちろん教員免許があれば塾講師の口はあるし、講師や児童福祉施設の仕事は出来るだろう。


 私は教員免許があれば憧れの先生になれると思っていた。大学の単位と教職の単位を苦しみながら取って、教育実習をして、これで晴れて先生だ。社会科の免許で一人でも多くの生徒を社会に送り出すのだ。


 そんな強い意志は二年ももたなかった。

 講師の口はあった。市町村に登録して、非常勤で先生をする。

 私はその行為を大きく馬鹿にしていたし、非常勤で講師なんてプライドが低い。そういう意識まま引きこもりは五年目になった。



 親に言われて教員免許の更新には行っていた。まだ何とかなるって両親は思っている。プライドだけが高いから今からでも講師は間に合うのに一歩を踏み出せない。

 そう自分のせいで苦しんでいるところに母がを持ってきた。



「年度末の二週間の仕事でリハビリには丁度いいんじゃない?」

 時給は雀の涙ほどだった。それが私のプライドを少し傷つけた。でも今のままではいけないのも分かっていた。


「行ってみるよ」

 私は先生になる最後を掛けた。


「だれ、あんただれ?」

「また先生? どこ?」


 児童への紹介は無かった。初日にスーツを着ていったら、明日からは動きやすい服装で来ること、給食はお金を取ると言われて終わった。


 駅への道のりを歩いている間、これでいいのか? という気持ちになった。先生の口なのに初日は説明だけで二週間よろしくお願いします。


「では今日は三年生の早見くんの補助をお願いします」

 要は授業に着いて行くことの出来ない子の学習補助の仕事だった。とは言え、二週間で関係性は築けない。


 こういう仕事も頭にあったので、隣で話しながら授業を受けた。早見くんは授業より外をぼんやり見ていた。

 外を一緒にぼんやり見た。外の方が暖かいよね。早見くんや他の子の支援をしている間にも廊下は騒がしくて、その音が日常であることを三年生の給食で聞いた。

 聞けば六年生のやんちゃグループがいて、彼らが授業を受けずに廊下を走り回っているらしい。担当の先生がいるから、手は出さないようにと言われていたが、向こうから来る分なのはどうしようもない。


「先生っていつまでいんの?」

 話は楽しかったが、指導の先生からは手を出すなと言われ続けた。向こうから来るものを避ける方が難しい。


 賭けは負けかもしれない。


 今日で終わり。その昼休みが来た。元々昼までの契約だ。



新田ちゅうがくにも教えに来てよ。絶対来いよ」

 荒々しく背中を叩かれて、彼らは教室に戻って教室から手を振った。教育実習はこんな感じでは無かったので、新鮮だった。

 手を振って帰ろうとしたら、校庭に猫背の男の子が立っていた。



「どうしたの?」


「アイツらと仲良いの?」


「別に」

 男の子はふふっと笑った様に見えた。私はこれ以上怒られるのはごめんだと思った。何とか彼を教室に戻そうと校舎へ歩き出した。



「ねぇ、おばさんって何歳?」


「二十七歳」


「ぷ、やっぱおばさんだ」


「まだ二十代よ」


「俺さ、教室戻りたくない」

 いじめか、それならちゃんと担当の先生に繋げないといけない。

「いじめとかそういうのは違うくて、程度の低い奴と過ごしたくない。あんなのとか」

 教室から手を振るを見て指した。


「分かった。今回は私の顔を立てて、教室に戻ってよ。私はいつかあなたの顔を立ててあげる」


「マジ?」


「うん、大マジ」


「じゃ、俺。春陽台高校に絶対行くから待っててよ」


「分かった。待っているね」

 その言葉を聞き届けて彼は去っていこうした。


「名前!」

 振り返った目は美しかった。


「アタル、俺アタル」

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