第4話
ご飯を食べ終えると、昴のお母さんがテーブルを片付け始めた。壁掛け時計をちらちらと確認しながらゆっくりと。それとは逆に、七海はその様子を見ながらそわそわしている。我慢できなくなった七海は聞いた。
「昴くんのお母さん、ケーキはどこにあるの?」
「ああ、えっと……そうねえ。ケーキはテーブルを片付けた後で食べましょうね」
「それなら私、手伝うっ!」
手伝えば早くケーキを食べられると思った七海が座っていた椅子の上に立ってコップを持った。椅子に敷いてあるクッションで足が滑り、七海はわわわっと手をばたつかせた。昴のお母さんは慌てて七海に近づいて抱き上げる。床に立たせると、ほっと胸をなでおろす。
「ふう、聞いていた通り七海ちゃんは元気ね。いつもおとなしい昴にも、わけて欲しいくらいだわ」
昴のお母さんは七海が使っていたプラスチックの皿を七海に渡した。キッチンを指さしてそこまで運んでとお願いすると、七海がフローリングをてててと走って昴に差し出す。
「……え?」
「昴くんにもわけてあげるっ!」
いつもお母さんが片付けている時にお利口に座っていた昴は目を丸くして皿と七海、そしてお母さんを見る。その様子を見て、昴のお母さんが笑った。
「ふふっ。そうね、七海ちゃんが手伝うんだから昴も一緒にお片付けしましょうね」
三人で片付けを始める。昴や七海には割れ物を渡さずにプラスチック製。残った料理はラップをかける。数分で片付けは終わり、昴のお母さんは携帯電話を確認してしまったという表情を浮かべる。袖を引っ張って再び七海が聞いた。
「ねえねえ、これでケーキ食べられる?」
「ああ、えっと……そうねえ……」
私、お雛様の飾りがついてるショートケーキがいいとねだる七海を見て、昴のお母さんは閃いた。棚から折り紙を取り出すと七海に渡す。
「これ、ケーキじゃないよ?」
「お雛様の飾りつけをするとケーキがもっとおいしくなると思うけど、どうかな?」
うーんと七海が悩んでいると昴が口を開いた。
「そうだお母さん。今日保育園でお雛様の折り方教えてもらったよ」
「……私、折り紙嫌い。ぐちゃぐちゃになっちゃうもん」
「あら、そうなの。お母さんたちにも降り方を教えてくれない?」
いいよと言うと折り紙を手に取り、みてみてと折り始める昴。ずれないように綺麗に折っていく。折り紙のお雛様が完成すると昴は顔の前で持ち上げた。
「ほらほら、こうやって折るんだよ。すごいでしょ!」
昴のお母さんは、少し不満そうな七海を見て昴に言った。
「ねえ昴、七海ちゃんにも教えてあげて」
「いいよ!」
最初は二人で別々に折っていた昴たちだが、始めてみると折り紙の折り方が甘かったりずれていたり。早くケーキを食べたくてそわそわしている七海には集中力が全くなかった。気がつけば昴が七海の手を動かして折らせていた。
昴のお母さんがその様子を見守っていると携帯電話が鳴った。確認すると昴のお母さんはほっとした表情を浮かべる。二人に気づかれないようにそっとリビングを出ると来客を出迎えた。リビングに戻ると、昴たちが入口で待っていた。
「お母さん、どこに行ってたの?」
「ああ、えっと。もう一人お客様が来たんだけど、その人と一緒にみんなで一緒にケーキを食べてもいいかな?」
「ケーキっ! やっとケーキ食べられるの? うん、いいよ!」
七海のその言葉を聞くと、扉の影からそっと顔が出てきた。それは七海のお母さん。その顔を見ると、喜んでいた七海の顔が不満の表情に変わる。
「ごめんね、七海。お母さん早くお迎えに行くっていってたのに」
「……お母さんなんて大嫌い」
「本っ当にごめんね! 会社の人が倒れて仕事が増えちゃって……」
「……そんなの断ればいいのにっ。私より仕事のほうが好きなんだ」
手をぎゅっと握った七海の目から涙が溢れてくる。七海のお母さんは、しゃがんで七海の頭を撫でてそんなことないわよと言うと、白い箱を差し出した。箱を開けると、そこにはお雛様のデコレーションがされたホールケーキ。
「お雛様のケーキだ!」
「実はね、これを買ってきたらもっと遅くなっちゃったの」
「……仕事よりも?」
「えーっと、そうね。仕事よりも時間かかっちゃったのよ」
七海は両手で涙を拭うと笑顔になり、そうだと嬉しそうに笑うと七海のお母さんに手を差し出す。早く見て欲しいようで手を押し付けている。
「ほらほら、お母さん。私、お雛様の折り紙が折れたんだよ。お母さんにあげる!」
「そうなの。あら……」
七海から受け取ると、そこには握ってぐしゃぐしゃになり、涙で濡れた折り紙があった。広げると破れてしまいそうなそれを見て、七海のお母さんはよくできたわねと微笑んで七海を撫でた。
「折り紙できるようになってすごいわね」
「えへへ。昴くんに教えてもらったんだ。今度お母さんにも教えてあげる!」
最初から昴が折ったようなものだが、七海たちと一緒にケーキを食べている時にそれを言おうとしたら、お母さんに人差し指を口に当てられてしーっと口止めされた昴であった。
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