第3話
「昴くん、面白かったね!」
七海はそう言うと、段ボールの上で笑いながら転がった。大きい音がしたことに気づいたお母さんが廊下から声をかけた。
「昴、大きな音がしたけど何かあったのー?」
「あっ、お母さんだ!」
部屋を見ると散らかった段ボールの山。散らかしたことがバレると怒られるかもしれないと思い、昴は大きな声で答えた。
「お母さん、何もないよ。大丈夫だよー!」
「そうー、何かあったら言うのよー?」
バレる前に片付けないと。昴が片付けようと思い、辺りを見回すと七海がどこにも居なかった。
「さっきまで楽しそうに笑っていたのに、七海ちゃんどこにいるの?」
「ここだよー」
声は聞こえるのに、どこにも七海の姿はない。
「ここってどこ……って、うわあっ!」
突然、段ボールの山の中から手が生えてきて昴の腕を掴んだ。根本を見ると今にも吸い込まれそうな暗い世界が広がっている。そのまま抵抗もできずに強い力で引っ張られてしまった。
昴はぎゅっと目を閉じて、お母さんに助けを求めればよかったと後悔した。七海には居ないなんて言ったが、昴もおばけは怖い。
「ねえねえ、昴くん。ここすごいでしょ!」
「うわあっ! え? 七海ちゃん、すごいってなに……が……」
目を開けると、そこは段ボールで囲まれた空間が出来ていた。大人が入ることができないどころか子供が屈んで入れるくらいの高さ。
「えへへ、箱が崩れた時にできたみたい。ここもさっきのお部屋みたいに、私たちで魔法をかけようよ!」
「うん、いいね。僕たちの秘密基地だ!」
楽しそうに七海が笑った。そこにはもう、保育園に居た泣き虫の女の子の姿はどこにもいなかった。二人で笑い合っていると、廊下からお母さんの声が聞こえてきた。
「昴、七海ちゃん。ご飯を用意したからリビングにおいで。ケーキもあるわよー」
ご飯という言葉を聞くと同時に七海のお腹が鳴った。七海は目を輝かせて「ケーキだ!」と喜ぶと秘密基地から飛び出し、バタバタと音を立てて部屋を出ていった。昴もその後を追って部屋を出る。
「あれ? お部屋のドアって閉めたっけ?」
おうち見学で見て回った時はドアを開けて次に行っていたのに、今は二階の全てのドアが閉まっている。一階に降りても同じように、さっき開けたドアが閉まっていた。
階段横の扉から出した物も廊下にない。試しに三角形の扉を開けてみると、出したはずの物が元の場所に戻っていた。不思議に思い、その場で悩んでいるとリビングからぴょこっと七海が顔を出した。
「昴くん、早く早くー!」
「あっ、うん。すぐ行くー」
昴は考えるのを止めてリビングへ向かった。手を洗って席につくと、テーブルの上には肉団子や一口サイズのハンバーグ、ミートソースのスパゲッティにちらし寿司など、美味しそうな料理が並んでいた。
「ごめんね七海ちゃん。うちは男の子しか居ないから、ひな祭りの準備はしてなくて。こんなのしかないけど」
「ううん。すっごくおいしそう! いただきます!」
昴よりも先に座っていた七海は、ハンバーグの刺さったフォークを既に手に持ち準備万端。口に入れる寸前で「あっ」と声を漏らし、手を止めて食べたい気持ちを必死にこらえた。
「……これ食べたら、お母さんの料理が食べられなくなっちゃう。今日はひな祭りのおいしい料理を作ってくれるって言ってたんだ」
「そうそう、七海ちゃんのお母さんに聞いたら、うちでご飯を食べてもいいって。料理は明日作ってくれるみたいだよ」
その言葉を聞くと七海はハンバーグを口の中に入れた。七海が一口で食べるには大きかったようで、ハムスターのように頬を膨らませている。昴のお母さんが「おいしい?」と聞くと、七海はうんと大きく頷いた。
「そういえば、七海ちゃんにリビングの場所を教えてないのに、どうして場所がわかったの?」
「むんっ? ふぉういえは……なんれらろ?」
昴の疑問に、ご飯を口いっぱいに頬張っている七海が首をかしげた。おうち見学をしていた時はリビングの前からスタートしたので七海はリビングに一度も来ていない。リビングの近くには他にもドアがあり、その中の一つだとはわかっても、どこがリビングなのかはわからない。
「ふふっ。このあたりは分譲住宅で、どの家も似たような間取りになってるの」
「「ぶんじょー? まどり?」」
「そう、分譲住宅。間取りは……そうね。さっきおうち見学をした時に見た部屋って、七海ちゃんの家と同じじゃなかった?」
七海が口の中の食べ物をごくんと飲み込むと「あ、ほんとだ!」と叫んだ。
「このお家に引っ越す前に内見をしたんだけど、その時に七海ちゃんの家も入ったことがあるのよ」
「ないけん、ってなに?」
こてんと頭を傾けて七海が聞くと、昴のお母さんは少し考えるような仕草をして言った。
「うーん。さっきまで二人がしていたような、おうち見学のことかな?」
「昴くんのお母さんも、私のおうちをおうち見学したんだ!」
「七海ちゃんが住む前で家具は何もなかったけどね。だから、七海ちゃんさえよかったら、このお家も自分の家だと思って過ごしていいからね」
七海が笑顔で頷くと、昴のお母さんが「七海ちゃんのお部屋は用意できないけどね」と、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせた。すると、七海は首をぶんぶんと横に振る。
「大丈夫。もう秘密基地があるもん。ね、昴くん」
「あら、そうなの。昴も知っているならお母さんにも教えてくれない?」
「だめ。私たちの秘密基地だもんっ!」
「えー。お母さんにも教えてよー」
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