第2話
昴の家に着くまでに七海は泣き止んでいた。
「……お母さんなんて嫌い。帰ってきたら針千本だもん」
昴のお母さんは二人を洗面台まで連れて行き、手洗いうがいを済ませる。家とは違う匂いに知らない家具、それを見て他人の家に来たのを実感した七海は借りてきた猫のように静かになった。
昴も勢いで遊ぼうとは言ったが、何をするかは全く考えていない。リビングに向かう昴の後を追うようについて行く七海の様子を見て、昴のお母さんはリビングの扉の前に立って昴に言った。
「そうだ昴、七海ちゃんにこの家を案内してあげて。おうち見学の遊びよ」
昴のお母さんは昴たちを反対方向に向けると二人の背中を軽く押した。
「まずはあっちからね。よーい、どん!」
昴は自分の家のため楽しいものになるはずもなく。いつも使っているお風呂やトイレ、さっき靴を脱いだ玄関を見て回る。面白い所も特になく、七海が一言も話さないまま階段までついた。二階に行くために階段を数段登ると、昴は何かを思い出したように声を出した。
「あ、そうだ。お気に入りの場所、教えてあげる」
昴は七海の手を掴むと楽しそうに階段横に向かう。そこには三角形の不思議な扉。七海はそれを見て不安そうに聞いた。
「これ、私の家にあるけど、おばけが出るから開けちゃだめだってお母さんが言ってた」
「おばけなんて出ないよ。ここは魔法使いになれるんだ!」
昴は扉を開けると、中に入れてある物を取り出して小さな空間を作った。廊下の電気を消すと、怖がる七海の手を引いてその中に潜り込む。中は今にもおばけがでそうなほど真っ暗で、七海は思わず目を閉じた。
「えっと、たしかここだったはず。あった!」
昴がごそごそと近く探る。パチンと音がすると、目を閉じている七海の目が真っ白に染まった。目を開けてみてという昴の言葉で七海がゆっくりと目を開けると、そこには色とりどりに光る電飾があたり一面に飾ってあった。
「……わあっ。すごい」
金色の星にキャンディの杖、大きなベルに輝くボール。鮮やかなメッキのついたキラキラとしたモール。大人が見ればクリスマスツリーオーナメントの再利用だと分かるそれは、小さな空間に散りばめられていると子供にとっては全く別物のように感じてしまう。
「やっと笑ってくれた。いつ泣いてるけど、笑ってるほうがかわいいよ。この前、お父さんが作ってくれたんだ。やっぱりお父さんの魔法はすごいや!」
お父さんのことを嬉しそうに語る昴は、七海にとって本物の魔法使いのように見えた。
「わ、私なんてかわいくないよ。男の子よりも背が高いし足だって速くて、みんなから仲間外れにされちゃうし……」
「背が高いのも、足が速いのもいいことだよ。みんな七海ちゃんが羨ましいだけなんだ」
廊下に戻ると七海のおうち見学を再開した。二階に上がると昴が手当たり次第ドアを開けていく。お父さんの仕事部屋、家族で寝ている寝室、洗濯物が干してあるベランダ。
最後の部屋のドアを開けると、中には積み上げられた箱が無数に置かれていた。その奥には子供の高さよりも高い位置についた大きな窓。
「ねえねえ、ここは何のお部屋?」
「えっと、なんの部屋かな? ここはまだ誰も使ってないけど……「あっ、あれ私の家だ!」」
昴が話し終える前に七海が大声を出した。カーテンを開けて窓の外の赤い屋根の家を指さしている。外からは微かに明かりが入ってきていた。
「電気がついてる! お母さん帰ってきたのかな。お母さん!」
「七海ちゃん、待ってってば!」
昴の静止も聞かずに、七海は置いてある箱を足場にして窓を覗き込んだ。嬉しそうにしていた七海はすぐに表情を曇らせる。追いついた昴も窓の外を見ると、そこには電灯があり隣の家の中は真っ暗だった。
「七海ちゃんのお母さん、まだ帰ってきてないね」
「……うん」
七海が項垂れると同時に乗っている箱がぐらぐらと揺れ始めた。慌てて動くと更に足場が揺れてしまう。そして、二人はそのまま崩れ落ちてしまった。
「きゃあっ!」
「な、七海ちゃん危ないっ!」
二人は大きな音を立てて床に落ちたが、体に痛い所はどこにもなかった。
昴が恐る恐る目を開けると、お尻の下には潰れた段ボール。昴たちが登っていたのは空箱の段ボールだったようで、それがクッションになったらしい。横を向くと驚いて目を丸くした七海の顔があった。
「七海ちゃんは……大丈夫そうだね」
「……う、うん」
顔を見合わせて数回瞬きをすると、緊張が解けてお互い笑い出した。
「「あははっ!」」
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