【KAC20242】泣き虫ななみと隣のおうち【一万文字】

ほわりと

第1話

 お迎えが来たよと声をかけられて、遊んでいた昴は先生に手を引かれて教室を出た。昴の顔を見ると、昴のお母さんが笑顔で手を降ってきた。


「昴、通ってから三日経ったけど保育園は楽しい?」


「まだわかんない」


 お父さんの転勤で引っ越しをすることになった昴は、今まで通っていた保育園とは違う場所に二月から通うことになった。ちょうど空きがあったため埋まる前にと思い、お父さんよりも先にお母さんと一緒に引っ越してきた。


 お母さんが友達はできたかと昴に聞くと、昴はううんと首を振って甘えるようにお母さんに抱きついた。まだ不安そうな顔をしている昴の頭をお母さんはそっと撫でる。生に挨拶を済ませて家に帰ろうとすると、女の子の泣き声が聞こえてきた。


「あの子、泣いてる」


 昴がぼそっと呟くと、それを聞いた昴のお母さんが先生に質問した。


「先生、あの子はどうしたんですか?」


「ああ、七海ちゃんですね。昴くんと同じ日に入園したんですが、お父さんもお母さんも共働きで仕事が忙しいみたいで、昨日は閉園前にお迎えにきていて」


 先生は泣いている七海の元まで行き、声をかけると手を繋いで教室に連れて行った。


 そんなことがあってから一ヶ月後、昴はお母さんの用事でいつもより早く保育園に行くことになった。玄関を一緒に出ると昴のお母さんはポケットを探る。


「あっ、家の鍵を忘れちゃった。昴、ここで待ってて」


 昴が家の前でお母さんを待っていると、ちょうど隣の家から人が出てきた。ふと昴が見ると、そこには見たことのある女の子が楽しそうに笑っていた。


「お母さん、今日は早く迎えにきてね。絶対だからね!」


「はいはい、わかりました。今日は七海が主役の日だものね」


「うんっ。もう一度指切りしよ、ゆーびきり……あっ」


 女の子は昴が見ていることに気付くと、お母さんの後ろにそっと隠れた。女の子のお母さんは昴に気づくと声をかけた。


「あら、こんにちは。その制服、うちの子と同じ保育園かな? この子は雨宮七海って言うの」


「えっと、よぞらすばるです」


「さっき七海のことを見ていたけど、もしかしてお友達なのかな?」


 昴が小さく首を振ると、七海のお母さんは少し残念そうな顔をした。


「家が隣同士の幼馴染って、いいと思うんだけどなあ。あ、そうだ。これからは七海といっぱい遊んであげてね。この子、元気だけは誰にも負けないから」


 七海のお母さんは力こぶを作るように片手を上げて、男の子にだって負けないんだからと自慢する。


「えっと……「ねえお母さん、時間大丈夫?」」


 昴がどう答えるか迷っていると、今まで黙っていた七海が昴の声を遮った。七海のお母さんは腕時計を見ると慌てた様子で車のドアを開けた。


「あっ、いけない! そろそろ行かないと。七海と仲良くしてあげてね!」


 七海のお母さんはそう言うと、七海を車に乗せて保育園へ向かった。入れ替わるように昴のお母さんが玄関から出てきた。昴のお母さんは鍵を閉めながら昴に言った。


「あっ、そうだ。お母さん今日はお迎えが少し遅くなるかも。いい子で待てる?」


 今朝のこともあり、休み時間になると昴はとらねこ組のクラスを見回した。すると、すみっこの方で遊ぶ七海の姿があった。七海のお母さんの話とは違い、誰よりも元気がないように見える。一人で絵本を読む姿はどこか寂しそうだ。


「すばるくん、みんなで鬼ごっこして遊ぼ」


「うん、いいよ。ねえ、あの子も誘おうよ」


 友達に七海を誘いたいと伝えると、友達は嫌そうな顔をした。昴が理由を聞くと、みんなより背が高くて足も早いから誰も勝てなくてつまらないらしい。悔しくて数人で囲んで捕まえたら泣いてしまって先生に怒られた過去もあるようだ。結局、昴はもう一度誘おうとは言えずに鬼ごっこに混ざった。


「みなさんさよなら、またあした〜」


 今日も帰りの会を終えてお母さんのお迎えを待っている。いつもは早くお迎えにくるため、友達が先に帰っていくのは新鮮だ。それと同時に教室に取り残される寂しさも覚えた。気がつけば七海の姿も消えている。お母さんが早く迎えに来たのだろう。


「昴くん、お母さんがお迎えに来たよ」


 あたりが薄っすら暗くなった頃、先生に呼ばれた昴が玄関に行くと帰ったはずの七海の姿がそこにはあった。先生に教室に戻ろうと言われながらも、その場を動かずに涙を必死に堪えながら玄関のほうをじっと見つめている。


「遅くなってごめんね、昴。いい子で待っていたご褒美に、今日はおいしいものを買ってきたからね」


 昴が七海を見ていることに昴のお母さんが気づいて、先生に声をかけた。


「七海ちゃんのお母さん、今日も遅いんですか?」


「早くお迎えに来るって朝に言っていたんですけどね。今日は七海ちゃんが主役の日なのに」


 ため息をつく先生の元へ一本の電話が入った。相手は七海のお母さんのようで、電話を受けながら七海を気にしている。受話器に手を置くと、先生は七海にお母さんのお迎えが遅くなることを伝えた。


「……お母さんの嘘つき。今日は早く来るって約束したのに」


 我慢できなくなり七海は泣き始めた。その様子を見て、昴はお母さんの服を引っ張った。


「ねえお母さん。あの子、隣の家に住んでるんだけど……」


 昴のお母さんが赤い屋根お家と聞くと、昴は小さく頷いた。


「通勤時間が合わなくて隣の家の人、見たことがなかったのよね。同じ保育園の子がいたなんて」


「それでその、今からお家で遊んじゃ……駄目かな。あの子のお母さんに頼まれたのに、今日遊ぼうって誘えなくて……」


「そうだったの。でも、うーん」


 昴がもう一度駄目かなと聞くと、お母さんは昴のお願いに負けて先生に声をかけた。先生と数回やり取りをすると、昴のお母さんはそのまま電話を借りて七海のお母さんと話をした。通話を終えるとお母さんは昴に小さく耳打ちした。


「七海ちゃんのお母さんに聞いたら遊んでもいいって。ちゃんと昴から誘うのよ」


 昴はわかったと言うと駆け出すように七海に近づいて声をかけた。


「七海ちゃん、今からうちで遊ばない?」


「……え?」


「昴の家、七海ちゃんの家のお隣さんなの。今お母さんに聞いたら昴のお家で待っててもいいって。お母さんが帰ってきたらすぐに会えるけど、どうかな?」


 最初は困惑していた七海だったが、昴のお母さんの言葉を聞くと泣きながら頷いた。

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