完成!異世界トラック

工房での生活は過酷を極めた。

 主に技術が無くても出来る資材の搬入がメインだが、どれも金属で重い。あっちに届けろ、あそこから持ってこいと、ドワーフの里を荷車を引っ張りながら縦横無尽に走り回った。

 筋肉痛でプルプルしている腕でもドワーフはお構いなくこき使う。

 その間ドワーフは何をしているかと言えばトラックを解体して研究している。つまりみんながトラックに夢中なので僕はその穴埋めをしているのだ。

 そして本格的に部品の製作に入ったらドワーフの注文はさらに増えていき、足りない資材を確保する為に一日中動き回った。

 側から見ていたら死にそうな顔の人間が荷車を引っ張りながら働いている様は何かの拷問に見えたかもしれない。それほど僕の顔は生気を無くしていた。

 ドワーフの性格は単純であった。働く者を敬い働かない者は殴ってでも働かせる。そんな頑固親父の集団であった。

 なので仕事終わりにお風呂に入りにいくと会うドワーフみんなに褒められて励まされた。しかもどいつもこいつも背中をビシバシと全力で叩きながら褒めてくる。痛い、加減を知らない野郎どもである。

 ゴドウィンからは毎日仕事終わりに日当を貰えた。他の奴らはその日のうちに酒代に変わっていった。こいつら今を生きすぎている。将来の不安とか無いのだろうか。

 僕は流石に酒は飲めないし、飲めたとしても酒だけに費やす事は出来ないので少しお高いお店でご飯を食べている。ここなら酒のつまみ以外にメニューがあり何とか健康を維持できた。

 里に来てから女のドワーフを見かけないなと思っていたのだが、どうやら女のドワーフにもヒゲが生えており毎日すれ違っていた筈なのに全く気付かなかった。

 確かにヒゲをオシャレに編み込んでいるドワーフはよく見かける。あれが女の人なのか。よく見ればまつ毛も長い感じがする。

 今まで奇跡的に失礼な事を言っていなかっただけで危ないところであった。

 里の中で僕が女性と認識しているアスカさんは工房内でドワーフと作業をしている。この前チラッと見た時、僕のより重い荷物を持っていた。

 そうやってドワーフの里で死に物狂いで働きながら数週間が経った。僕が想像していた異世界ライフとはかなりかけ離れていた。

 しかしそれくらい経つとドワーフとも仲良くなり風呂に入ってくる奴らとも大体が顔馴染みになっていた。筋肉もドワーフ程では無いがついてきて少し嬉しかった。部屋の中でポーズをして楽しんでいる。

 

「よし!完成だ!」

 ゴドウィンの言葉に工房内は大いに盛り上がった。僕はずっと外での仕事なので工房で何を作っているか知らなかった。

 仕事の手を休めて工房の中を覗いてみた。

 そこには白いボディに四つの車輪。荷台に天井は無い小さな乗り物があった。

「軽トラだあああぁぁぁぁぁ!!」

 思わず叫んでしまった。軽トラである。あいつら異世界で軽トラを造っていやがった。

「何だヒカル、こっちに来いよ。すげーだろ?」

 アスカさんに手招きされて僕は軽トラの前に来た。何処からどう見ても軽トラである。

「あのー何で軽トラがここに?」

「ダッシュボードの中に車雑誌が入ってて、そんで軽トラ造ろうぜってなった」

 アスカさんの説明はあまりに大雑把で要領が得ないがそうらしい。造りたいから造る。なんて単純なのだろう。ガキかよ。

「すごいじゃろ!エンジンの構造さえ分かればこっちのもんよ。燃料は残ったガソリンの成分を調べたら火吹きトカゲの油と似たもんでの、それで代用してんじゃ」

 ゴドウィンは嬉しそうに軽トラの解説をしている。

 ゴドウィンの話によるとドワーフは金属加工の技術はあるが何かを発想するような事は苦手らしい。なので見本さえあれば見よう見まねで作れるだとか。恐ろしい才能の持ち主であるドワーフという種族は。僕が銃を持ち込んだら大変な事になっただろう。

「この軽トラはヒカルが使ってくれ」

「え?なんでですか?」

「そりゃそうじゃろ、こいつを使えば資材の搬入も早くなる」

 救世主であった。あの重労働から解放されるのだ。ゴドウィン様ありがとうございます。一生ついて行きます。

「それとヒカルこいつも見てくれよ」

 アスカさんは僕の手を引いて見せたのはアスカさんが乗ってきたトラックであった。

 最後に見たトラックは狼にボコボコにされていたが外装も何もかも綺麗になっている。吹き飛んだ筈の助手席の扉も付いている。

「修理したんですか!」

「そうだよ、まあこっちの技術じゃどうにも出来ない事もあったから性能は落ちてるけどな」

 アスカさんは嬉しそうに笑っていた。トラック運転手なのだから運転が好きなのかもしれない。

 これからもトラックを乗り回す事が出来るのならその笑顔も納得である。

「じゃあ軽トラの練習すっぞ」

 アスカさんは助手席に座りコーチとして僕の運転を指導する事になった。

 マニュアル車なのでとにかくクラッチ操作とやらが難しかった。そしてアスカさんは感覚的に教える為それも僕を苦しめた。

「いい感じになったらギアを上げろ!まだ早い!」

「すいません!」

 アスカさんの感覚的熱血指導は夕方まで続いた。向こうではゴドウィンが修理したトラックを楽しそうに運転している。構造を理解している分ゴドウィンに分があるのかもしれないが納得がいかなかった。

「よそ見すんな!」

「すいません!」

 幸いなのは基本的に里の中を走るので速度を出さずに運転できた事だ。狼に襲われた時のアスカさんの様にギアを何度もガチャガチャやらなくていいのは救いであった。

 翌日、里の中で軽トラがそれはそれは堂々とトロトロ走っていた。もちろん運転手は僕だ。

 便利な乗り物ができた事で僕はあらゆるドワーフから使いっ走りにされた。その分賃金も上がったり差し入れを貰ったりしたので仕事としては満足である。

 荷車を使わなくなったが荷物を積み下ろしは結局は人力なので、僕の腕はいつまで経っても休まる事は無かった。

 仕事が無い日はアスカさんとゴドウィンはトラックに乗って街に出かけて大量の食料を積んで帰ってきた。主に酒。

 ドワーフの里の料理に彩りがもたらされた。僕はこれが何より嬉しかった。お高いお店での食事も所詮ドワーフの里基準であり飽きてきたところだ。

 こうして休みの夕食はいつも以上にどんちゃん騒ぎする様になった。僕もこの宴会だけは参加してツマミを頂く事にした。


「資材が底を尽きた、使い過ぎた」

 工房でゴドウィンが僕に話しかけてきた。どうやらトラックの開発に夢中になり資材を使い過ぎたようだ。馬鹿なのかこのヒゲ達は。

「それと隣の鉱山から輸送が遅れてるようじゃ。どうやら大型の魔物が徘徊してるらしく今ハンターギルドに討伐要請を出しているらしい」

 大型の魔物と聞くだけで嫌な予感しかしない。狼に襲われるみたいな状況は二度と御免だ。

 それと資材が無いなら休みになるのだろうか。その魔物が居なくなるまで休暇という事なのか?

「そういう訳でアスカ、ヒカル、隣の鉱山まで取りに行くぞ」

「は?」

 こいつは今なんて言った?僕の聞き間違いか?大型の魔物が居るってさっき言ったばかりだろう。

「え?何でですか?討伐されるまで待たないんですか?」

「馬鹿野郎、お前。ギルドに申請してハンターが来て討伐するまで二週間は最低でもかかるだろう。その間ワシらは何をするんだ?」

「え?お休みとか?」

「ワシらのトラック熱が激っているのに休みなんかにする訳ねーだろ!何の為のトラックだ!こいつでひとっ走り行こうじゃねえか!」

「「おーー!!」」

 もう会話もしたくない。ゴドウィンの演説にドワーフどもは無責任に盛り上がっている。何がおー!!だ、誰が運転すると思っているんだ。

 頼みの綱のアスカさんを見てみるとニコニコしていた。この人暴走できる口実ができた事に喜んでいるんじゃないか?

 僕の意向など微塵も聞かず隣の里にトラックで向かう事になった。

 ゴドウィンは隣の里のドワーフ達が困っている筈だと考えてトラックには大量の食糧を詰め込んでいた。こういう事をされると僕は何も文句を言えなくなる。

 しかし軽トラには食糧を乗せずに布が被った何かを載せていた。二人がかりでドスンと物音を立てて載せた謎の物体についてアスカさんに聞いても「秘密だ」としか答えないのであえて聞かない事にした。何かヤバいブツを運送するのは気が引けるが、知ってしまって共犯になった時の責任は取りなく無い。

 ゴドウィンが四トントラックに乗り、僕が軽トラを運転する事になった。アスカさんは僕の指導も兼ねて軽トラに乗る事になった。

 今回僕は初めての長距離運転になる。里の中と違って接触事故の心配は無くなるが魔物が心配である。

「大丈夫だ。なんかあったらウチが運転するから。練習だと思って運転しな。楽しいからよ」

 アスカさんの心強い発言に僕は安堵した。そうだ運転を楽しもう。異世界に来た時トラックで世界を周るのも良いかもと思っていたのだ。その第一歩だ。

「それにヒカルが外での走れる様になると買い出しも任せられるからな。街で飲んでも送ってもらえるし」

 あーそっちか。そっちが本命なのだろう。まあアスカさんのお願いなら断らないから別にいいが。

 そういう訳で出発した。工房で話を聞いて出発するまで一時間も無かった。ドワーフは本当に今を生きている。


 隣の里と言ってもそれなりに距離はありそこそこのスピードでトラックを走らせた。ゴドウィンが運転するトラックを先頭にして草木のない不毛の大地をグイグイと進んでいく。

 大きな岩こそ無いが道なのか怪しい道しかない。ゴドウィンがいなければ迷っていただろう。

 草原と違って殺風景で変わり映えしない景色は実に退屈であった。幸い隣にアスカさんが座っているので話題が尽きる事は無かった。

 アスカさんとはそれなりの付き合いになっているので僕は気楽に話す事が出来た。

「まさか軽トラを造ってるなんて、びっくりしました」

「そうだろ?今度はもっとデカいの造ろうぜってなってるから待ってろよ」

「いや、僕は軽トラサイズで十分です。大き過ぎると人を撥ねそうで怖いし」

 僕も会話をしながら運転出来るくらいに技術が上達していた。毎日里を走り回っている成果が現れていた。

 そしてその事実は僕はパシリとしてこれからも駆り出される事を意味していた。頭のいい僕は気付いている。解決策は全く思い浮かばないが。

 しばらくトラックを走らせているとゴドウィンのトラックが止まった。

 トラックからゴドウィンが降りてきて何やら前の方で何かしている。僕も軽トラを止めて降りてみた。

 トラックの前には大地を裂く谷があった。谷は深く向こう側までそこそこ距離がある。

 ゴドウィンは谷に掛かる橋の強度や損傷がないか確認していた。

「よし!」

 そう言うとゴドウィンはトラックに乗り込んだ。

「よしじゃない!ここを渡るんですか!」

 確かにトラックが通る事が出来るくらいの幅はある。しかし高すぎるし崩壊しない保証は何処にもない。

「安心しろウチの里のドワーフと向こうの里のドワーフが共同して三日で作り上げた力作じゃ」

 え?こいつ三日で作ったって言った?

 完成までに百年かかりましたは耐久に心配はあるが、じゃあ三日なら安心かってそんな訳ない。

 嫌だ嫌だと駄々をこねる僕をアスカさんはトラックの助手席にぶち込みアスカさんが運転して橋を渡った。

 橋の上にいたのは体感三十分はした。実際どれくらいかは全く分からない。その間僕はトラックの天井を凝視して決して前も横も下も見なかった。

 無事に橋を渡ると遠くに山が見えてきた。あそこが目的地である。隣の鉱山とゴドウィンは言っていたが随分と遠かった。

 目的地が見えると僕は安心した。噂に聞いていた魔獣も姿を見せないしこのまま何事もなく里に着きそうであった。

 里に着くと直ぐにドワーフに囲まれた。トラックの周りで構造を確かめている。

 僕達は食糧を下ろしているがこの里のドワーフは誰も手伝わない。こいつら自分の興味に正直すぎる。

 一向に作業が進まない事に我慢の限界が来たのか、家の中から多分女のドワーフ達が出てきて働かないドワーフを殴って荷物を運ぶように命令した。

 男のドワーフを殴って従わせるなんて恐ろしい力の持ち主だ。絶対に逆らわない様にしよう。

 ゴドウィンは食糧のお礼にこの里で採掘された鉱石を貰っていた。ゴドウィンは大喜びで四トントラックの荷台に鉱石を載せていった。

 もちろん僕も手伝った。少し前ならヘロヘロになりながらの作業も今では立派に箱を持ち上げる事ができる。

 ちなみにゴドウィンは箱を肩に担ぎ上げて片手で持っている。あれと比べてはいけない。僕は普通の人間にしてはよくやっている。

 そんな普通の人間である筈のアスカさんもスイスイと荷物を運んでいる。僕との違いは一体なんなのか。

 全ての搬入が終わり帰路に着く事になったのだが、ドワーフ達はトラックの周りから離れない。

 次々にドワーフが来ては去って行き別のドワーフが来る。トラックは観光スポットの様に噂を聞きつけたドワーフが集まっていた。

 流石のゴドウィンも痺れを切らしたのかエンジンをかけて周りのドワーフにお構いなく出発した。もしかしたら早く帰って作業をしたかったのかもしれない。

 物欲しそうな目で見送るドワーフ達を尻目にアスカさんはトラックを出発させた。もしかしたらアイツら工房まで追いかけてくるかもしれない。

 バックミラーを見るとドワーフ達が手を振っている。みんなで声出して引き留めている。そんなにトラックを見たいのか。

 しかし何か様子がおかしい。小さなバックミラーでは何をしているかよく分からない。

 僕は窓から顔を出してドワーフ達を見た。何やら指を指して叫んでいる。何だ?何を言っているのか全然聞こえない。

 指の方向を見ると大きな岩が遠くにあった。観光スポットなのか?あそこに寄れって事なのか?

 その岩は遠くにあるのに随分とデカいと思った。そういえばオーストラリアのエアーズロックも大きな岩だったな。それは原住民の神聖な土地らしい。

 もしかしたらあの岩も何かありがたい何かなのかもしれない。

 あれ?あの岩あんなにデカかったか?何か離れている筈なのに一向に小さくならない。それよりどんどんデカくなってる気がする。岩の下の方は何か煙が出ているし。

 そしてエンジン音に混じって聞こえる地響きの様な音は何だ?

 岩をよく見るとトカゲであった。そしてそのトカゲはこっちに向かって来てないか?

「アスカさん!なんか来てます!」

 僕はアスカさんの肩を叩いて窓の外を指差した。アスカさんは横目で窓の外を見てくれた。

「ゴドウィンのとこ行くぞ!」

 アスカさんは加速して前のトラックの横につけた。窓を開けて僕はゴドウィンに事情を話した。

「あれはサラマンダーじゃ!」

 僕のイメージするサラマンダーは炎のドラゴンだがあれは大きなトカゲに見える。しかも所々赤く燃えている様に見える。

「ゴドウィン!先に行け!ウチらが相手する」

「任せた!」

 いや任せたじゃない。相手するって何考えてんだ。

 ゴドウィンの迷いの無い加速はどんどん僕達との距離を開けていった。

「相手するってどうするんですか?」

 僕は叫びの様な嘆きの様な質問をした。その質問にアスカさんはニヤリと笑って僕を見た。

「後ろに載せてある秘密兵器を使うんだよ」

 アスカさんが荷台に目配せする。荷台には出発する時に積み込んだ布が被った物体がある。

 そうかドワーフの技術ならあの化け物に対抗できる武器を作れるのか。そう思うと僕は安堵した。

「ほらさっさと荷台に行け」

 アスカさんはそう言うが軽トラは止まってくれない。まさかこの背中側にある小さな窓から荷台に行けと言うのか。しかも走行中だぞ。

 まさか冗談かと思っていたらアスカさんは運転しながら窓を開けてくれた。やっぱりここから外に出るらしい。

 僕はシートベルトを外して窓に足から入れてヨイショと外に出た。外に出ると風を直に受けて髪も乱れてメガネも飛びそうだった。

 僕は布の上で固定しているロープを外した。すると布は風に煽られてる飛んでいってしまった。

 飛ばされた布が覆っていた物は二つのタイヤの様なものが並んで上向きになっており、何かを入れてタイヤのところに落ちる様な筒が備え付けらていた。

 僕はこの機械を朧げながらに記憶している。

「ピッチングマシーンだあぁぁぁぁ!!」

 そうピッチングマシーンである。野球部がこれで球を発射していたのを見た事があった。

「工房で作ったんだよ!すげーだろ」

 アイツら僕が外で働いてる間にピッチングマシーンを作っていやがった。こんな物作っていたから資材が足りなくなったのだろう。

「これどうするんですか?」

「エンジンは横についてる紐を引っ張れ。下に球が入ってる箱があるだろ?それを筒にの中に落としたら勝手に飛び出すから。後はあいつに向けて撃つだけよ」

 説明を聞いてもピッチングマシーンである。

 箱の中には野球ボールというよりお手玉の様な物がいくつも入っており、持つと中に何か石が詰めらているのが分かった。

 こうなればやるしかない。紐を引っ張りエンジンをかけた。まるでボートのエンジンの様だ。ボートに乗った事もそのエンジンもかけた事も無いがイメージがそんなんである。

 わちゃわちゃ準備しているうちにサラマンダーはかなり近づいてきている。それもゴドウィンの方を狙っている。僕は斜め前方に装置を構えて筒の中に球を入れた。

 シュッと勢いよく球飛び出してサラマンダー目掛けて飛んでいく。しかしこんな小さな球でどうにかなる物なのか。

 球はサラマンダーに見事命中した。初めてにしては上出来である。

 球が当たった箇所が爆発した。ズドンと大きな音を立てて煙が上がった。僕は呆然と見るしかなかった。

「すげー!本当に爆発した!」

 アスカさんは喜んでいる。顔を見ずとも分かる。絶対に笑っている。

「何ですか!あれ!」

「なんか衝撃を与えると爆発する石が入ってるってよ」

「そんな危ない物撃たせたんですか!」

「ほらこっちを向いたぞ早く撃てよ」

 アスカさんの指示に従い僕は恐る恐る球を筒に入れた。とにかく足場揺れて不安定で爆発物までまで扱うなんて。狼とカーチェイスしてた方がまだ安全であった。

 度重なる爆発にサラマンダーは咆哮を上げた。遠くのサラマンダーを横切って軽トラは走っていく。僕はピッチングマシーンを後方に構えた。

 進行方向が見えないのは怖かったが今はサラマンダーの事で頭がいっぱいでそれどころでは無い。

 怒ったサラマンダーは明らかに僕達に狙いを定めてドスンドスンと大きな足音を立てて走ってくる。大きな口を開けて軽トラごと食うつもりなのかもしれない。

「アスカさん!来てます!もっと速く!」

「見えてる!これでも出してる方だよ」

 軽トラより速いトカゲなんてこの世にいていい筈がない。僕は大きな口に狙いを定めて球を発射した。爆弾を口に入れるのは緑の勇者もやっている由緒正しい攻略法だ。

 しかし球は思っていた軌道にならずポテポテと地面に転がった。

 あれ?失敗したのか?そう思って僕は直ぐに二発目を発射した。

 しかしやっぱり球はポテポテと地面に転がってしまう。

「慣性の法則だぁぁ!!」

 気付いた。進行方向とは真逆に球を撃てばトラックの速度の分だけ球の速度も落ちる。まさか理科の実験がこんな場面で生きるなんて。いや生きてはいない。これでは死んでしまう。

 サラマンダーは転がる球を器用に避けてこっち向かって来る。

 こうなれば仕方ない、口に入れるのは諦めてサラマンダーのスピードが落ちる様に足元に転がる様に左右に撃ち分けた。

 全てかわすのは難しいらしく、時折球は爆発してサラマンダーは雄叫びを上げる。

 もういいから諦めてくれよ。軽トラは食べれないからその巨体に人間二人は割に合わないだろう。それでもサラマンダーは執拗に追って来る。

 サラマンダーの口が大きく開き口内が光始めた。これは確実にヤバいヤツだ。僕のゲーム脳がそう告げている。

 サラマンダーの口から火の玉が吐き出された。

「アスカさん!火の玉が来ます!」

「おう!」

 アスカさんは僕の言葉に直ぐに反応して軽トラは右にずらした。

 軽トラの横を火の玉が横切っていく。それだけで火の玉の熱が僕の頬を熱くさせる。

 直撃はまずい。絶対に死ぬ。それにこちらは爆弾じみた代物を積んでいるのだ。掠っただけで爆発するだろう。

「右側に撃ってきます!」

 この軽トラにもバックミラーがあるが僕とピッチングマシーンに遮られ後ろを見る事ができない。僕の指示が生命線になっていた。

 僕も球を右へ左へ発射しつつアスカさんの援護をする。サラマンダーも軽トラ目掛けて火の玉を撃ってくる。

「橋だ!」

 アスカさんは大声を上げた。サラマンダーの体格を考えたら橋は細過ぎる。橋さえ越えれば僕達の勝ちである。

 それまでの辛抱である。……待って。このスピードであの谷を渡るのか?嘘でしょ?

「アスカさん!ちょっと心の準備が!」

「もう遅い!」

 軽トラは橋に突っ込んでいった。今の僕はシートベルト無しに荷台にいる。怖い怖過ぎる。

 決死の覚悟は虚しくサラマンダーは橋の上を這ってきた。

 橋の上にサラマンダーが乗るとズシンと橋が揺れた。僕はよろめき必死に軽トラにしがみつく。

 橋が揺れるため軽トラは思う様にスピードが出せない。サラマンダーも這っている為追いつく事は出来ない。これなら橋を渡り切れる。

 しかし僕の思惑と裏腹にサラマンダーは口を大きく開けて火の玉を吐き出す予備動作を見せた。

 今ここで火の玉を撃たれたら避けられない。どうする。谷の向こう側にはまだ距離がある。軽トラの速度は上げられない。

 ならやるしかない。僕はありったけの球をピッチングマシーンに突っ込んだ。とにかく撃ちまくる。僕ができる最善で最良の唯一残された手段である。

 幸いな事に軽トラの速度が落ちている為球はそれなりの速度で飛んでいった。しかし橋の揺れで狙いが定まらない。それでも僕は撃ち続けた。避けれないのは向こうも一緒である。

 球は橋に当たり、足に当たり、外に飛び出し、頭上を超えて散っていく。

 サラマンダーも火の玉を吐くが、球が体に当たるとよろけて狙いを外している。かなり危ない綱渡りである。実際のところ渡っているのは橋だが今そんな事は関係ない。

 サラマンダーは観念したのか動きを止めた。そして今まで見た事ないくらい口を大きく開けた。

 これはチマチマやらずデッカいので仕留めるつもりなのだろう。

 ここが勝負所だ。サラマンダーが動きを止めた為橋の揺れは収まった。

 僕はサラマンダーの口に向けて球を乱射した。とにかくありったけの球を持ちピッチングマシーンに突っ込んでいく。さながらわんこ蕎麦だ。

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 一球だけでもいい。入ってくれ。

 球は一球、また一球とサラマンダーの口に吸い込まれていく。

 ドン!ドン!ドン!と口の中で爆発していき、サラマンダーの口の中から煙が上がっていく。サラマンダーは呻き声を上げて体を仰け反らした。

 反った体は力無く倒れ込んだ。橋の上はズシンと凄まじい衝撃が走り僕の両足は一瞬宙に浮いた。

 サラマンダーが死んだからは分からない。とにかく橋を渡り切らなければならない。

 軽トラは無事橋を渡り速度を落としていく。軽トラは止まりアスカさんは窓から身の乗り出して後ろを見た。

「すげー!ヒカル!やったな!」

「は……はい」

 僕は喜び事は出来ず緊張の糸が切れヘナヘナと座り込んだ。もう緊張で汗がびっしょりである。

 アスカさんは僕を荷台に乗せたまま軽トラを走らせた。僕は軽トラに揺られながら生きていることに感謝した。

 この異世界で特別なスキルも何もなくサラマンダー退治をしたのだ、大健闘と言っても差し支えないだろう。

 僕の冒険譚に確実に入るであろう激闘であるが二度と御免である。しかしそんな事を狼の時にも思っていてような気がしたが気のせいだろうか?

 しばらくボーっとしながら揺られているとアスカさんが声をかけた。

「お!里が見えてきた!ゴドウィンのトラックも見えるな」

 アスカさんの声を聞き僕は立ち上がり前方を見た。今朝出たばかりの里が今では遠い過去の様に感じられる。

「よっしゃ飛ばすぞ!」

「えっ待って下さい!」

 アスカさんは速度を上げて突っ走った。僕は顔面に風を受けていく。

 髪からは汗が飛び、服は乾いていく。荒野の風は激闘の熱を冷ましてくれた。

 トラックの荷台も悪くないなと、そんならしくない事を僕は思っていた。


「よくやった!アスカ!ヒカル!」

 ゴドウィンは軽トラから降りた僕達に駆け寄りバシバシと背中を叩いた。相変わらず痛い。

 他のドワーフ達も集まり僕達を褒めてくれた。

 僕は満更でもない顔で笑っている。アスカさんはヒカルがすごいってみんなに言いふらしている。

「よし!資材は全部下ろしたな!トラックは整備して、燃料を入れておけ!」

 ゴドウィンはドワーフ達に指示をしてた。ドワーフ達は一斉に走り出した。帰って直ぐに作業をするつもりなのだろう。本当に仕事好きである。

「アスカ、ヒカル、次も期待しているぞ。直ぐに準備をしよう」

 全く人使いの粗いドワーフだ。まあでもやってあげない事もないが?

 僕は少し慢心していた。あれだけの激闘を繰り広げたのだ多少調子に乗ってもバチは当たらないだろう。

 ……直ぐに準備?

「えっ?準備ってなんの?」

「なんじゃ言ってなかったか?足りない資材はまだまだあるんじゃ。これから別の里に行って取って来るぞ。そうすれば夕方には帰って来れる」

 僕はその場に崩れ落ちた。

 周りを見るとドワーフはせっせとトラックを整備して、あの危なっかしい爆弾を軽トラの荷台に積み込んでいる。

 もしかしてこいつ帰りの出発を急いでたのは、次の目的地に間に合わないか心配だったからなのか?

 僕は嫌だ嫌だと泣き叫んだが許してはもらえず、ゴドウィンに引き摺られて軽トラの荷台に放り込まれた。

「運転しないなら荷台に乗るのは僕じゃなくていいでしょ?何で僕なんだ暇そうなドワーフは沢山いるじゃん!」

「その機械はドワーフには高過ぎて球を入れられんのじゃ」

「じゃあ、荷台に箱でも置いてそこに立てばいいじゃん!」

「走ってるトラックの上で箱に乗るのは危ないじゃろ」

「僕だって危ないよ!」

 必死に叫ぶが誰も代わってはくれない。ゴドウィンはトラックに乗り。アスカさんもさっさと運転席に乗り込んだ。

「よし行くぞ」

 ゴドウィンの掛け声と共にエンジン音が響き渡る。

「諦めろよ、楽しく行こうぜ」

 アスカさんは笑っているが貴方もさっき死にかけた筈でしょ?どんな精神状態なんですか?

 軽トラは無常にも出発した。工房のドワーフは呑気に笑いながら手を振っている。

「頑張れよー」「土産が欲しい」「早く帰って来い!」

 好き勝手に言いやがって。僕は決心した。帰ったらあの工房にこの爆弾を全弾ぶち込んでやると。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る