おいでやす、ドワーフの里へ

早朝、睡眠不足の僕はフラフラと食堂に行き朝食を食べた。他二人はしっかり睡眠をとったのか美味しそうに朝食を食べている。

 うつらうつらとしながらスープを口に運びパンを頬張った。正直味は覚えてない。何を食べているのか分からない。

 曖昧な朝食を済ませた僕はトラックに乗った。しっかりとシートベルトで体を固定して外に落ちないようにした。僕が座る側の扉は狼との争いで吹き飛んでおり風通しが良くなっている。

 こんな状況で寝れるのかと心配したがそれからの記憶はない。トラックのシートはこの世界のどのベッドよりも居心地がいい。早朝の涼しい風も僕に睡魔を運んできた。

 気付かぬうちに夢の中であった。

 僕はトラックで草原を走りながらラーメンを食べた、バター塩ラーメンである、僕が食べているチキンの香りに釣られてゴドウィンが馬の大群を引き連れながら追いかけてくる、僕は華麗なドリブルからのアスカさんにパイナップルをスルーパスした、今の僕ならそれくらい朝飯前だ、アスカさんはパイナップルを高圧的な兵士にダンクシュート!USA!USA!スタジアムに歓声が響く、アスカさんの勝利者インタビューが始まる、

「おい、ヒカル、おい!もう直ぐ着くぞ」

 アスカさんに揺さぶられながら目を開けると昨日遠くに見えた山がすぐそこある。

 寝ていたおかげで退屈な移動はあっという間に終わった。もう何の夢を見たのか覚えていない。

 里から少し離れた所にある馬宿にトラックを停めてゴドウィンは馬を預けにいった。ゴドウィンがいない間にトラックはドワーフ達に囲まれた。

 どのドワーフも目を輝かせトラックを観察している。そして口々にトラックについての考察を話し始めた。

「これが噂の」「どうやって動いているのか」「魔法を施しているのか?」「この装置は何の意味が」

 僕達はワラワラと集まったドワーフに囲まれてトラックから降りれない。

 そこへドスドスとゴドウィンがやってきた。

「おう!お前らこれが噂のトラックだ。工房まで運ぶぞ」

 ゴドウィンの掛け声におう!と反応したドワーフ達は馬に取り付けていた器具を持って引き始めた。数人のドワーフはトラックの後ろに周り押している。

 なんて原始的な方法で運ぶのだろう。

「おい!お前も引っ張れ!」

 一人のドワーフが僕をトラックから引き摺り下ろしてロープを持たせた。ロープを握ると手を擦りむきそうになるくらい擦れた。

「これを使いな!」

 慌ててアスカさんが軍手を貸してくれた。それをはめてドワーフ達とトラックを引っ張る。

 アスカさんは運転席でハンドル操作をしている。頑張る僕を見て手を振ってくれた。ああ女の子に応援されるっていいなぁ。僕は俄然やる気が出てきた。

 工房は街の入り口近くにあり、そこにみんなで引っ張り込んだ。工房内は暑く僕は汗だくになりながら引っ張り続けた。

「よーし、もういいだろう」

 やっと終わった。ゴドウィンの掛け声と共に僕はドスンと床に座ってしまった。他のドワーフ達は元気に別の作業を始めた。

「お疲れヒカル」

 アスカさんはトラックから降りてきて僕を労ってくれた。僕は震える手で親指を立てて精一杯見栄を張った。

「よ、余裕ですよー」

「はっ!無理すんなって」

 アスカさんにはお見通しであった。いや誰が見てもぼくが満身創痍なのは見るだけで分かる。それでも女の子の前では見栄を張るのがバカな男ってもんだ。そうです僕は馬鹿なんです。

 アスカさんは僕の手を掴んで立たせてくれた。アスカさんにお礼を言って僕達はゴドウィンの下へ向かった。

「お前さん達ありがとうな」

「それでこれからどーすんの?」

「トラックについて説明してもらいたいが今は他のもんが物珍しさから集まって来てるから少し待ってくれんか」

「いいぜ、それじゃあ少し観光してくる」

僕達はゴドウィンを残して工房を後にした。

 工房の外は涼しく僕の熱った体を冷やしてくれた。生き返る。

 ドワーフの里は全体的に空気も悪く匂いも臭く暑かった。建物の構造は大して変わらないが彼方此方の煙突からモクモクと煙が吹き出している。そして何処にいてもカンカン、カンカン金属を叩く音がしている。

 ああ、だから馬じゃなくてドワーフ達でトラックを運んだのか。おそらく匂いも音も馬が嫌がるのだろう。街で見かけた馬車がこの里では一台も通っていない。みんな荷車で物を運んでいる。

 僕は疲労からか空腹を感じた。太陽は上から照らしており丁度お昼時である。

「アスカさん、ご飯にしませんか?」

「そうだな、昼飯は食いたいよな」

 アスカさんも賛同してくれて二人でご飯を食べれる所を探した。やはり僕らは日本人、一日二食では足りないのだ。

 二人で里を散策しながらいかにもご飯が出てきそうな看板を見つけてその店に入った。店内の客は少なく僕らを入れて五人しかいない。

 店員のドワーフに案内されて席についた。メニュー表など無くその日に出せる料理を出すスタイルらしい。

 出てきたのは干し肉とカチカチのパンとスープであった。正直店で出す料理なのか疑問だが周りのドワーフは何の抵抗もなく黙々と食べている。

 店員は普通の人間である僕達を物珍しそうに見ていた。アスカさんは店員に声をかけてこの里について話してもらった。

 まず料理に関してだがそもそも食事を楽しむ文化が無いらしい。あくまで食事は生きる為の燃料補給程度の認識であった。それよりも夜に飲む酒がドワーフにとっての楽しみである。食事はその付け合わせに過ぎない。そんな生活をしていると早死にしそうだがそれは仕方がない事であった。

 この里の近くに鉱山がありそこから鉱石を採ってきてこの里で加工する加工業によって暮らしている。加工する際に出る煙や鉱石による土壌汚染によりこの地では作物が育たず牛や馬も飼えない。そうなると他の場所から食べ物を持ってくる他ない。

 必然的に料理は輸送する時に生物は傷んでしまうので干して加工した物を出すしかない。飲み水もこの里では貴重であり他所から待ってくる事も困難である。それならと日持ちする酒を皆好んで飲むようになった。

 この里のドワーフは皆鉱山に人生を左右され過ぎではないか。そんな生活幸せなのか。

 そんな疑問は当たっており里での生活に耐えきれなくなったドワーフは街に出て商売をしているらしい。もしかしたらゴドウィンもその一人なのかもしれない。

 ドワーフと里の歴史を教えてもらった僕達は店員にお礼を言い工房に戻ることにした。観光しようと考えていたが食堂を探す時に分かったが、この里は何にも無い。鍛冶場しかない。

 何処に行ってもカンカンカンカン鳴っており僕はこの騒音から逃げる為早く里から出たかった。

 

 工房に戻ると相変わらずトラックに人集りができていた。ドワーフにとってトラックは珍しいだけでは無く興味深い研究対象なのだろうか。

 ゴドウィンが僕達に気付いてのしのしと歩いてきた。

「おぉ、もういいのか?」

「あんま見るとこの無くても」

「はっは、そりゃそうだろう」

 アスカさんは正直過ぎるから発言するたびにヒヤヒヤするがゴドウィンは笑って受け入れた。アスカさんはドワーフと相性がいいのかもしれない。

「よし、じゃあトラックについて解説してくれ」

「はいよ、言っとくけどそんなに知らねーからな」

 アスカさんはトラック下へ行ってしまった。僕はどうしようかと考えた。とりあえず工房は暑いから外に出てそれから決めよう。そう思った矢先誰かに腰を叩かれた。

「おい、兄ちゃん。暇してんなら手伝ってくれや」

 僕は見知らぬドワーフに連行されてしまい、工房内のあらゆる雑用をした。もしかしてみんな仕事してないから僕がやる羽目になってるのではないか?

 額から滝のように流れる汗、荷物を持つたびに軋む腕の筋肉、子鹿の様に震える両足。

 肉体労働、ああ肉体労働、肉体労働

 最後の方は口からヨダレを垂らしながら働いていた気がする。それが汗なのかヨダレなのか分からない程なので外見的には特に問題ない。

「ありがとうな兄ちゃん」

 僕を強制連行していった畜生ドワーフからお礼を言われた僕は涼しさ求めて工房の外に出た。

 外の木陰で僕は糸が切れたマリオネットの様に木に寄りかかり、腕も足も力無く地面に投げ出した。

 木はいい。僕に仕事を押し付けないし、休んでいても文句を言わない。背もたれ代わりにしても僕をドッシリと受け止めてくれる。木と働きたい。木と結婚したい。木と共に暮らしたい。

 僕がヤバめの現実逃避をしていると解説が終わったアスカさんが外に出てきた。

「ふー涼しいー、おっヒカル大丈夫か?死んでんのか?」

「はい、僕は死体です」

「はっは、それよりこの里には温泉があるってさ、入りに行こうぜ」

 温泉?アスカさん提案は実に魅力的であった。

 別に下心はない肉体労働の後の温泉はさぞかし気持ちいいだろう。ああ、本当に気持ちがいいだろうなー。

 僕は先程までの無気力な人間から立ち直り生気に満ち溢れていた。

 僕達は温泉に向かう途中服屋に入り着替えを買った。いつまでも同じ服を着てる訳にはいかない。温泉に出てからも汗臭い服を着るなんてナンセンス。

 いざ決戦の地、公衆浴場にやってきた。

「んじゃ、後で」

 アスカさんは女湯に向かった。

 分かっていた。別にがっかりはしていない、もしかしたら混浴なんて事もみたいな淡い期待はあったが、手を出そうとかそんな犯罪的な事は断じてするつもりはない。

 更衣室で服を脱ぎ手拭いだけを持って浴室に入った。

 まだ仕事終わりの時間には少し早く温泉には僕しかいなかった。他人と入ると緊張するのでこれは嬉しかった。

 まず湯船に入る前に小さな温泉でお湯を汲み身体を洗った。四日ぶりに体を洗った僕はベタベタした汚れを隅から隅まで洗い流した。

 頭からお湯をかぶるとそれだけで疲れが流されていく感じがする。

 入念に手拭いで体を擦り体の垢を落としていく。

 さあ最後はお待ちかね湯船に入り足を伸ばした。

 ああ、気持ちいい。やはり日本人は風呂である。誰もいないので足を思い切り伸ばせる。自宅の風呂では味わえない開放感。まさに極楽。

 一日の疲れや体のコリがとろっとろに溶かされていく様な不思議な感覚である。

「ふー」

 誰もいない為僕は気が大きくなったのか、大声と共に息を漏らした。

「気持ちいいなヒカル」

 壁の向こうからアスカさんの声が聞こえた。どうやら壁を挟んで女湯になっているらしい。

「そうですねアスカさん」

 冷静に返答しているが僕は嫌でもアスカさんの入浴を想像してしまう。浴室は静かで耳を澄ますと壁の向こうでチャプチャプとお湯を弾く音が聞こえる。

 全神経を研ぎ澄ませて僕はアスカさんから発せられる音を聞いた。

 そこにはお湯の音以外にアスカさんの口から漏れる吐息さえも聞こえてきた。恥ずかしながら青木ヒカルのヒカルくんは興奮して、アスカさんから情報を全て受信できる様に電波塔のように天高くそびえ立った。

「ガハハ!」

 浴室に野太い笑い声が響いてきた。もちろんドワーフだ。

 仕事を終えたドワーフが汚れを落としにやってきたのだ。こいつらはいつも僕の純情を土足で踏み荒らす。

 ドスドスと何人ものドワーフが浴室に入ってきた。皆筋骨隆々で手拭い片手に全裸である。

 出際良く皆身体を洗っていく。その間も誰一人黙ろうとしない。

 お湯をザバザバ掛けているのに全員が喋り続けるので自然と声が大きくなり浴室に反響する。

 浴室の床はあっという間に黒いお湯で染まっていった。それだけでドワーフの仕事がいかに過酷か分かるようである。

 体を洗い終えたドワーフが湯船に入ってきた。

「おう!兄ちゃん一番風呂かい!よかったじゃねえか」

「は、はい」

 ドワーフは大きな声でフレンドリーに話しかけてきた。

 そして僕は嫌でも見てしまった。ドワーフのドワーフを。

 ドワーフは背は低いのに下のドワーフはあまりに立派なモノであり、僕はその衝撃にガン見してしまった。

 次々に入ってくるドワーフ皆立派な一点モノを豪快にぶら下げていた。

「おう兄ちゃん、小さいのう、ガハハ」

 デリカシーのないドワーフがいた。流石にドワーフの中でも配慮がない発言なのか隣のドワーフにボコっと殴られていた。

 僕のヒカルくんは現在全力である。それでもドワーフの感想としてはそれである。

 電波塔なんて言ってすいませんでした。僕のはラジオのアンテナです。これでも全力なんです。

 僕のアンテナは電波を受信することを諦めスルスルと収納され小さくなった。


 僕は風呂から出て待合室でアスカさんを待っていた。もうアスカさんの事など想像できず、ドワーフの立派な一本槍ばかり頭にこびり付いて離れない。

 ドワーフの野郎どもは僕の純情を踏み躙った挙句、強烈なトラウマで植え付けてきた。末代まで呪ってやる。

 ドワーフの里壊滅計画を練っている間にアスカさんが出てきた。肌は赤く染まり実に健康的かつ血色のいい女の子になっていた。

 逆に今までが何処か不健康だったのかもしれない。そういえばアスカさんは仕事帰りに異世界に来て、その日のうちに街から村への往復をしていた。その後の牢屋での生活に二日に渡る旅、しっかり休んでいなかったはずだ。

 アスカさんの満足そうな顔を見て、体を休ませる事が出来て本当によかったと思った。

 こんなに頑張っている人がいるのに邪な考えを持っていた自分が恥ずかしい。

「よし、じゃあゴドウィンがとってくれた宿に行くぞ」

 僕はアスカさんと公衆浴場から宿に向かった。街の入り口の近くにあり工房からも直ぐの場所に宿はあった。

 先程邪な考えを恥じた僕だが、ここである事に気付いた。

 あれ?もしかしてアスカさんと相部屋?

 そうだゴドウィンは里に自宅があるはずで宿には泊まらない。それなら宿には僕とアスカさんだけである。それならもしかして……

 宿に着いた。一人部屋だった。ゴドウィンは気を利かせてくれた。ありがとうございます。やっぱりドワーフは敵です。人類の敵です。そして僕は馬鹿です。

 部屋は二階にありアスカさんの部屋と隣同士になっている。それでも隣同士というだけでドギマギしている自分が憎い。あまりにもちょろ過ぎる。

 部屋に着替えた服を置いてアスカさんと一緒に一階の食堂で夕食を食べにいった。

 食堂は泊まらなくても利用できるらしく工房にいたドワーフが既に酒を飲みながらワイワイやってた。ドワーフは何処にいても騒がしい。みんな風呂上がりなのだろう汚れが落ちていてサッパリしている。

「嬢ちゃん!兄ちゃん!こっちだ」

 ゴドウィンは既に席に座ってお酒を飲みながら僕達を呼んだ。

「よ!本日の主役!」「酒持って来い!」「こっちにつまみ!」

 僕達の登場によりドワーフ達は更に盛り上がった。何がそんなに楽しいのだろう。今日は平日じゃないのか?

 ゴドウィンがいる席に座ると酒を持たされた。そしてゴドウィンが音頭をとる。

「それじゃあ新たな産業の可能性に乾杯!」

「「乾杯!」」

 急に何か始まった。どうやらトラックの技術を活かした何かを産業にするらしい。でも関係なく騒いでいる気がするのは僕だけであろうか。

 僕は未成年なのでジュースを飲みチマチマとつまみを食べた。これが夕食なのか怪しいがこれしかない。ここまでは確実に体を壊すので早急に対策を考えなければならない。

 一方アスカさんは楽しく飲んでいる。ドワーフ達はアスカさんにあれこれお酒を薦めて、アスカさんはそれを豪快に飲んでいく。

「姉ちゃん!いい飲みっぷりだね」

「どれも美味いからな」

「じゃあこっちの酒はどうだい」

「ありがとう!いただきます!」

 アスカさんの顔は既に真っ赤になっており出来上がって様に見える。

 次々に出される酒は全てアスカさんの胃袋に吸い込まれていく。

「いやードワーフはいいな!セクハラする奴がいなくて」

 アスカさんの声もドワーフに合わせてかなり大きくなっている。

「当たり前じゃ!酒の席は酒を楽しまんとな」

「そうだそうだ、女とはベッドで楽しむもんだ」

「ちげーねぇ」「ガハハ」

 正直それもセクハラだと思う。しかしアスカさんはご機嫌だ。街で飲んだ時胸を鷲掴みにしたおっさんと比べたらドワーフなんて可愛いものなんだろう。

 謎の宴会は夜遅くまで続いて僕は先に退散した。耳元でみんな騒ぐから耳がおかしくなりそうだ。

 二階に上がって部屋の中に居ても宴会の声は聞こえてくる。

「あれ?坊主は何処だ?」「さっき女と出てったぞ」「そんなわけあるかい」「ガハハ」

 やっぱりドワーフは皆殺しにしよう。生きていちゃいけない奴らなんだ。そう決意した一人寂しい夜であった。

 

 

 

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