第二話

ドワーフからの提案

異世界に来て三日後、そしてそれは異世界をトラックで縦横無尽に爆走して方々を恐怖のどん底に陥れて三日経ったと言う事である。

 僕は未だに留置所にぶち込まれており、しくしくと固い床を涙で濡らしていた。一向にここから出れない。出られないったら出られない。

 ぶち込まれた日は雨風凌げて良かったと想像性のカケラもない事を考えていたが、二日目の朝になるとそれが実に甘い考えであるか実感していた。

 もし留置所が快適なら牢屋に空きなど無く満員御礼でみんなこぞって犯罪を犯して喜んで牢屋の中に入って仲良く暮らしていただろう。

 だが現実はそうでは無い。暗い牢屋の中には僕と隣の牢屋にアスカさんがいるだけだ。

 二日目の晩、暴れた酔っ払いの酔いを覚ますために一時的に牢屋に入れらていたがそれも朝になっていなくなっていた。

 つまり僕達は暴漢の酔っ払い以下なのである。

 それもそのはず積荷の検品をせずに街に持ち込んだのだ。簡単に言えば密輸に相当するらしい。

 もちろん持ち込んだのはただの小麦である。確かに白い粉にはなるが決してやましい物では無い。運送を頼んだ村人がハメない限り安全な物である。

 アスカさんは領主が受け取ったのだからいいだろうと何度も言っているが、その領主が嫌がらせに僕達を長々と牢屋にぶち込んでいるらしい。

 ちなみに門で出会った優しそうな兵士から納税は無事に完了したと聞かされた。

 そこが失敗したのであれば僕達はただトラックで暴走して密輸した阿呆の二人組になってしまっていた。

 ここで問題なのは僕はただ助手席に座っていただけで運転には一切関与していないのだ。それでも兵士的には謎の乗り物で暴走して密輸した二人組になっているのだ。もちろん僕に非がないとは言わない。それでももう少し内訳を変えて欲しい、それだけなのである。

 

 異世界で前科が付きそうになっている現実を受け入れられない僕は牢屋の隅っこでメソメソしていた。

「おーい面会だぞ」

 カンカンと看守に鉄檻を叩かれ僕は顔を上げた。面会?僕達に?

 異世界に来て三日、それのうち二日は牢屋の中。そんな僕達に面会する人間などいないはずだ。

 一人だけ思い当たる人物がいた。村長である。あの後村から追いかけてきた村長なら僕達に面会しに来てもおかしくない。

 僕はここから出れるかもしれない喜びに思わず頬が緩んだ。やはり世は人情である。人に優しくすれば必ずそれは返ってくるのだ。

 カツカツと石畳を歩いてくる音がする。近づく足音に僕は体を揺らして心を躍らせた。そして足音の主は僕の牢屋に前で止まった。

「どうも」

 その姿は村長では無くドワーフであった。

「だれぇぇぇぇ!?」

 何でドワーフが面会に来てるんだよ。完全に知らない人である。

 その容姿はまさにドワーフ。黒いにモサモサした髭に髪の毛、僕よりも背は低いのに腕は太くガッチリしていた。眉毛も目を半分隠すくらい立派なものが生えている。そんなどこからどう見てもドワーフが面会に来てくれた。

「何じゃうるさいのう。ワシはドワーフのゴドウィンだ」

「すいません。青木ヒカルです」

 僕は叫んだ非礼を詫びて鉄檻の前に座った。この際ドワーフだろうがただの髭おっさんだろうが関係ない。ここから出してくれるなら誰でもいいのだ。

「あの門の前にある車輪のついたデカいのはお前のかい?」

「いえ、あれは隣にいるアスカさんの物です」

「そうかい、ありがとうな」

 ゴドウィンは隣りの牢屋の前に移りアスカさんに声をかけた。ゴドウィンはトラックに用があるみたいだが何でだろう。

「おい、起きろ嬢ちゃん」

「何だよー」

 アスカさんは眠たそうな声を出している。どうやら今起きたらしい。この環境でしっかり睡眠をとれるなんて羨ましい限りである。

「誰だおっさん?」

「ドワーフのゴドウィンだ、嬢ちゃんに話がある。あの門のそばに置いてある車輪のついた乗り物を売ってくれ」

 ゴドウィンの提案は驚くべきものであった。あの半壊しているトラックを買い取るというのだ。

「なんで?あれボロボロになってるけど」

「それは周りだけじゃろ、あの乗り物の根幹は無事なはずじゃ。ドワーフ仲間でもどういう構造か話し合っているじゃが皆目見当が付かんくての。それなら金を出して買い取ろうってなったんじゃ。ここから出せるくらいの金は用意するつもりじゃがどうだ?」

「乗った!ちゃんと二人分払えよな」

「もちろんそのつもりじゃ」

 なんてありがたい提案なのだろう。そしてアスカさんは僕も救ってくれた。

 そこからはあっという間であった。ドワーフが金貨がずっしりと入った袋を取り出して看守に渡した。保釈金である。

 そして看守に連れられて三日振りの青空の下に出ることができた。ああ自由ってなんて素晴らしいんだ。しかしそんな自由を謳歌する暇もなく僕達はトラックの下へ向かった。ドワーフは見かけによらずせかせかしている。

 トラックは門の外にあるので必然的にあの高圧的な兵士に会う事になった。

 正式な手続きの下釈放されたので何の問題はないがやっぱりアスカさんを睨みつけていた。そして僕まで睨みつけてくる。ゲロを頭からかけたのは本当に悪いと思っているが不可抗力だったし三割いや四割位は貴方のせいだと思うんです。そんな僕の考えを察する事などなく目から光線でも発射しそうなほど睨みつけてくる。

 僕は何か言われる前に目を合わせず足早に通り過ぎた。

 門の近くに放置されていたトラックは無事にそこにあり僕達が捕まった時と同じボロボロの状態であった。太陽の下で確認するのはこれが初めてであり、そのトラックの破壊具合は狼との熾烈な戦闘を物語っていた。上も横も穴だらけでよく僕は生きていられたなと三日経って改めて肝を冷やした。

「ほらこれがトラックの鍵だ」

「いや待て慌てるんじゃない」

 アスカさんはゴドウィンに鍵を渡そうとしたが断られてしまった。

「確かにこのトラックとやらをワシらは買ったが使い方が分からん。なんでお主らには里まで付いてきてこいつの使い方を教えて欲しい。もちろん宿も食事も用意する」

「いいのかよ!それでいいよな!ヒカル!」

「あっはい願ったり叶ったりです」

 ゴドウィンの提案は魅力的であった。正直この街は問題を起こし過ぎて居づらいのだ。僕達を目の敵にしている領主もいる。それなら新天地で心機一転やり直すのがいいだろう。異世界という新天地の新天地に早くも逃げ出すのだ。人生切り替えが肝心である。

「よし、じゃあ動かしてくれ。あそこに見える山にドワーフの里がある」

 ゴドウィンが指差す方向には薄っすらと山が見えた。ここからそれなりに距離があるようだ。

「あー無理だなガソリンがたんねー」

「ガソリン?」

 アスカさんはゴドウィンにガソリンの説明をした。そうかトラックに燃料が必要という常識はここでは通用しない。

「なるほど燃料無しに動くなんてそんな都合のいい事はないか。ちょっと待っててくれ馬を用意する」

 ゴドウィンはとっとこ走って行きしばらくすると馬を二頭連れてきた。競馬に出ているような細身の馬では無く足も胴もガッチリとした荷馬である。

 ゴドウィンとアスカさんはテキパキと馬でトラックを牽引する準備を始めた。トラックの下からフックを出して牽引用の器具とロープで結ぶ。器具は二頭の馬に繋がれておりこれで引っ張ってもらうようだ。

 ゴドウィンは馬を操り出発した。馬がトラックを牽引する奇妙は光景である。僕とアスカさんはトラックに乗り、アスカさんはハンドル操作をする。牽引されていてもハンドル操作は必要らしい。

 一方ゴドウィンはと言うと運転席の屋根の上に座っていた。フロントガラスからゴドウィンの太い両足が垂れ下がっているのが鬱陶しい。

 馬による移動はかなりゆっくりであった。先日のトラックでの暴走を経験した僕にとってこの速度はむず痒くいつまでも近付かない遠方の山を見るたびにため息を吐きたくなった。アスカさんはガッツリあくびをしている。

 なるほどドワーフがトラックに興味ある訳だ。速度も遅いが途中で荷馬を休ませる必要がある。餌や水を確保できる場所が無ければ馬はへばってしまう。馬を休ませる場所がありそこに着くたびに休憩している。川で水をガブガブ飲み、その辺の草をモシャモシャ食っている。

 そんなゆっくりとしたペースで進んでいくと当然のように日は傾き始めた。

「あそこにある村で一泊する」

 ゴドウィンは屋根の上から僕らに言った。ようやく今日の移動が終わるのだ。そして何よりご飯が食べれる。

 この世界では昼食を食べる習慣がない。朝食べて夜暗くなると仕事が終わりそこから晩御飯を食べる。留置所に居る時も一日二食であったがそれは犯罪者に食わせる昼食なんぞねぇって事だと思っていた。

 毎日三食食べていた僕とアスカさんはすっかりお腹を空かせていた。アスカさんはお昼過ぎからすっかり黙ってしまっている。アスカさんはお腹が減ると不機嫌になるのだ。

 村に着くとゴドウィンは馬を預けて宿をとってくれた。何から何までやってくれる頼れるドワーフである。

 三人で宿の食堂で早めの晩御飯を食べた。外はまだ明るい為早めと言ったがあくまで僕基準でありこの世界では普通の時間である。

 僕とアスカさんは異世界に来て初日に食べた肉料理ぶりのまともな食事にありついた。その肉料理も酔っ払いに絡まれて最後まで食べ切れなかったので最後まで味わって食べる異世界料理はこれが初めてである。

 ただの食事なのに泣きそうなほど美味しい。あまりにも美味しそうに食べる僕にゴドウィンはジュースも注文してくれた。ありがとう、今日は心優しいドワーフ、ゴドウィンの優しさに甘やかさればっかりである。

 食事が終わると早々にベッドに入り早朝の出発に備えた。まともなベッドもこちらでは初めてであり布団の温もりを堪能した。まあ牢屋よりマシってだけで自宅の布団と比べるとかなりゴワゴワしていて心地がいいとは言えないがこの際贅沢は言わない。

 それよりも同じ部屋にアスカさんも寝ている事にドギマギしていた。隣のベッドで女性が寝てるなんて交際経験のない僕には刺激が強すぎる。微かな寝息が聞こえてくる。そこで寝ている事を嫌でも意識してしまう。

 寝返りをうつとアスカさんは僕の方を向いて寝ていた。長いまつ毛に、グゴー!ピンク色の唇、こうして見るとなんて、グゴゴー!可愛らしい女性なんだろう。決してやましい気持ちは無い。ただジッと見続けたくなる、ググゴーゴー!ようなそんな気持ちであった、グーグーゴー!!

 ゴドウィン!うるさい!イビキがうるさい!おっさんの盛大なイビキが僕の純情を踏み躙る。

 宿代を安く済まそうとして二人部屋に三人が寝る事になった。ゴドウィンは床で寝ると言いありがたくベッドを使わせてもらったがこんなのはあんまりだ。こんな経験僕にはもう無いかもしれないのに何で邪魔をするだ。アスカさんの寝息くらい聞いてもいいじゃないか。ていうかアスカさんも何で寝ていられるの?

 これなら少し高くても二つ目の部屋を取るべきだった。

 いや待て、よく考えたらそうなると男女で部屋を分ける事になるはず。僕とゴドウィンが相部屋になるのは確実だった。僕はゴドウィンと泊まる時点でこのイビキからは逃れられない運命であった。何が心優しいドワーフだ。

 僕はアスカさんよりゴドウィンに意識がいってしまい寝るに寝れない長い夜を過ごすことになった。

 

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