爆走!異世界トラック

トラックは二時間ほどかけて目的地の村に到着した。太陽はだいぶ傾いており残された時間はそれほど多くないと思う。

 トラックが村に侵入した時村人は逃げ出した。しかし車酔いをしている村長が近くにいた村人を何とか説得してくれた。村長とは一緒に村まで乗ってきた中年男性の事である。道すがら色々この村について教えてくれた。

 昨年は不作で小麦が収穫出来ず金貨によって納税し、今年は天候不良により収穫が遅れてしまったことを。昨年に金貨で納税したためこの村にはお金は残っておらず小麦も収穫が遅れている。そのため村長だけ街に向かい何とか領主に納税を遅らせてもらえるよう懇願しに行ったらしい。

 そんな苦労をしている村長は今四つん這いになってゲロゲロしている。無理もない。車慣れしている僕でさえ危なかった。

 村の中から一人の男性がやってきた。その身なりは村長から聞いているのですぐ誰か分かった。村長の息子である。

「貴方が小麦を届けてくれる人ですか?」

「そうだよ。早くしないと間に合わないぞ」

 アスカさんは既に荷台を開けて待機していた。

 村人達は息子の指示により小麦を運んできた。僕は麻袋を受け取りそれを中にいるアスカさんに渡す中継係をした。アスカさんは運ばれてくる麻袋を手際よく固定して荷崩れしないようにしていく。全ての麻袋を積み込みアスカさんが固定の確認をして降りてきた。やはり運送を生業にしてるだけあってテキパキと仕事をこなす。

「それじゃあ後は任せな」

「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか」

 息子はアスカさんに頭を下げた。アスカさんは「おう」と一言、それだけを言って荷台を閉めて急いでトラックに乗り込んだ。

「おっさんは?」

「村長ならあそこで吐いてます」

「よし、置いて行こう」

「はい」

 村長はここでリタイアである。これからこれまで走ってきた道を逆走することになる。

 アスカさんはギアを入れた。トラックはエンジン音を鳴らしながら発進した。

 サイドミラーを見ると村人達が心配そうに見送っている。その側で顔が真っ青の村長も必死で立って見送っていた。

 車窓から収穫が終えたばかりの小麦畑見て、そこら一面に穂のついた小麦がゆらゆらと風に揺れいる光景を想像した。やはり観光も悪くない。トラックを運転して世界各地を回りたいと思った。

 本来ならゆっくりと景色を楽しみたいのだが今はそれどころではない小麦を載せてトラックは爆走している。この世界に法定速度も道路交通法もないのをいいことにアスカさんはやりたい放題かっ飛ばしてる。それは自身にもかなり危険な運転である。

「なんでアスカさんは運んでくれるんですか?」

「どういうこと?」

 アスカさんは僕の質問の意図を計りかねていた。これは僕の聞き方が悪い。改めて質問する。

「お金にもならないし、僕が勝手に首を突っ込んだだけでアスカさんには何にも関係ないし」

「あーそういうことね。あのおっさんが気に食わなかったからだよ。偉そーにして。ああ言うやつは下で働いてる奴の気持ちが分かってねーんだよ。ウチも何度もああいう奴に会ってんだよ。早く積めろとか早く持ってこいとか。こっちは仕事だから文句を言わないだけで偉そーにしやがって。荷物運ぶ奴がいなけりゃ困るのはあいつらなのによ」

 アスカさんは答えなのか愚痴なのか分からない事をぶつぶつ言ってくれた。アスカさんも日本では大変な思いをしていたのだ。

「それとな……おっともう村だ。ちょっと気を付けて運転するから待ってろ」

「あっはい」

 アスカさんは途中で答えるのをやめてしまった。それも仕方ない関係ない人を撥ねる可能性があるなら用心するに越したことはない。

 道脇では村人らしき人が怯えた表現でこちらを見ている。

 トラックを飛ばして街との合間にある一つ目の村を通り過ぎた。外では村人達が集まっていた。

 何となく何をしているのか予想はできる。行きに通り過ぎた際このトラックを誰かが目撃して村中大騒ぎになったのであろう。

 その証拠に全員物騒な武器を持ってこちらを睨んでいた。魔物か何かと勘違いしたのだろう。完全に殺しに来る目をしていた。やっぱりトラックでの旅はやめておこうかな。

 道は森の中にへと続いていく。一度通ったが薄暗い森の中は何だが嫌な予感がする。アスカさんはそれでもスピードを落とさない。

 すると道の遥か前方に怪しい集団が立っていた。その姿はまさしく野盗であり剣やら斧やら持って何か騒いでいる。人相も悪い。ここまで人柄が顔に出ることがあるのか。

 それでもアスカさんはトラックを止めない。野盗達はこうやって脅して馬車を停めさせて積荷を奪うのが常套手段なのだろう。しかしトラックにその方法は通用しない。

 アスカさんはクラクションを鳴らしてさらにハイビームまで点けた。

「邪魔だボケ!」

 アスカさんは叫んでいる。野盗達は何か叫んでいるがアスカさんはお構いなしに突っ込んでいく。ここに野盗とトラックの一方的に不利なチキンレースが始まった。

 僕は人を轢くのを見たくない。アスカさんだって轢きたくは無いはず。そうですよねアスカさん?さっき気を付けて運転してましたものね?

 結果は言わずもがな野盗は怯えながら道から外れて森の中に逃げ込んだ。これは相手が悪いトラックをアスカさんが運転しているのだから。

 サイドミラーには何か叫んでいる野盗が見えたがその姿はどんどん小さくなっていった。

 それにしてもアスカさん、異世界への順応が早過ぎませんか?今日一日で人を轢き殺す覚悟があったということですか?決して元からじゃ無いですよね?この世界に急速に染まってしまっただけですよね?

 多少のアクシデントがあったものの無事トラックは森から抜ける事が出来た。木々の先から明かりが見えた時僕はホッと一息ついた。

 道はもう一つの村の中を通っており経由する必要がある。行きは無理矢理通ったが帰りはどうであろう。

 そんな心配をしていると案の定村に入るための入り口は柵により閉じられていた。柵の後ろには村人が警戒している。それを見た途端アスカさんはハンドルを切り道無き草原に突っ込んで行った。全く迷いが無い。

「口閉じてろ!」

 アスカさんの言葉に僕は歯を噛みグッと唇に力を入れた。

 元々舗装すらしていない土道をガタガタと走っていたが草原に入るとよりひどくなりお尻が宙に浮いた。

「あががっがっがっがっ!」

 僕の悲鳴のような何かの声も振動によりガクガクしている。村の外をぐるっと迂回してあっという間にトラックは向こう側の道ついた。

 正規ルートに戻ると揺れは収まった。これは確実に酔った。しかし僕はグッと我慢した。後は街までこの道を爆走するのみ。

 外は日が沈み始め空を茜色に染め上げた。美しい夕焼けの草原に一瞬酔いも忘れて見惚れてしまった。都会で見られない絶景が広がっている。

 ここの住人には当たり前の光景だろう。だけど僕は異世界に来て初めて心の底から感動した。こんな感情が僕の中にあったなんて考えられなかった。

 草原を見つめていると草の中を高速で動いている影見えた。草が揺れて何かが車と並走している。それも一つだけでは無い幾つもだ。

 影は並走しながらもトラックに近付いてくる。僕は嫌な予感がした。こんな場面恐竜映画で見た事ある。あれはラプトルが草原の中に潜んで人を襲っていた。

 影の正体は何となく予想はついていた。今日草原で出会ったヤバい奴。

 草原から狼が姿を現した。こいつら早すぎる。トラックもかなりのスピードを出しているのになんで並走出来るの?狼ってそんなに速いのか。それとも異世界の狼が特別なのか。

 どちらにしても僕の美しい草原の思い出を返して欲しい。これから草原を見るたびに綺麗だけど何処かで狼が僕を殺しに潜んでるんだなと考えてしまう。

 狼はトラックを囲むように並走している。今にもこちらを襲ってきそうだ。アスカさんはクラクションを鳴らしたが全く効果が無い。昼間のクラクションで無害である事を学んだのだろう。なんで賢い狼なんだろう。そんなに賢いなら狩りなんかしないで真面目に働いたらどうだ。

 狼がトラックに飛びついてきた。鋭い爪で窓ガラスを引っ掻く。その跡はしっかりと残り狼の力強さと爪の強靭さを物語った。

 流石にまずいと思ったのかアスカさんはハンドルを切り並走する狼にトラックをぶつけた。車内は横に大きく揺れ狼が当たった衝撃にズンと振動した。

 アスカさんは僕の方を見た。正確には僕の方にある窓だ。僕は座席を掴んだ。それ見てアスカさんはハンドルを切る。僕側の狼も「キャン!」と叫びながらトラックに撥ねられた。

 サイドミラーからは撥ねられた狼が転がっていき後続の狼に当たっていた。

「はっ!二度と出てくんな!」

 アスカさんは狼にも容赦しない。これで一安心と思ったが草原の向こうに並走する大きな影が見えた。狼の仲間であろう。しかしさっきの奴らと比べて明らかにデカい。草むらの中でその全体が見えなくとも確信出来るくらいの大きさだ。

 草むらから大きく飛びトラックの横に着地してそのままそいつは並走を始めた。その目は凶暴なまでに赤く染まっており血走ってる様に見える。口は大きな牙を隠すことなく見せつけて僕らを食べる事を考えているのか涎が垂れている。

 確実にこの群れのボスである。部下の仇をとりに来たのかそれとも単にトラックが気に入らないのか分からないがこちらを睨み付けてくる。

「おら!」

 アスカさんがトラックで体当たりしても狼は全く動じない。仕返しとばかりに狼からこちらに体当たりしてきた。

「うお!」

 僕の情けない悲鳴を掻き消すくらいの大きな音を立ててトラックは揺れた。道を外れて草原に突っ込んでいく。アスカさんはハンドルを操り必死にトラックの態勢を持ち直す。

 トラックが土道に戻った時には周りに狼はいなくなった。体当たりしたおかげで狼は並走できなくなったのかその姿は見えない。

 束の間の静寂が訪れた。

 これで終わったのか?僕は安心もできずただ外を見るばかり。サイドミラーにも狼は映っていない。

「撒いたみたいですね、アスカさん」

「そうだな」

 その時ズンとトラックの上に何かおおきな物が飛び乗った音がした。トラックも大きく沈み反対に僕のお尻は宙に浮く。

「あいつ乗ってきやがった!」

 アスカさんは上に目をやる。僕も上を見ると屋根から鋭い爪が飛び出してきた。

「ひぃぃ!」

 僕は頭を抱えて屈む事しか出来ない。屋根からは何度もガツガツと爪を食い込ませて穴が空けていく。これは車内に狼が入って来るのも時間の問題だった。

「ブレーキかけるぞ!」

 そう言うとアスカさんは僕の頭を押さえつけて首を固定した。そして思いっきり急ブレーキをかけた。

 急ブレーキに体が前へと投げ出されそうになる。タイヤが擦れる音が聞こえる。アスカさんも身を硬直させて衝撃に耐えている。

 狼は耐える事が出来ず前方に投げ出された。地面に転がる狼は吠えながら必死に受け身を取ろうとしている。

 アスカさんはギアを入れてアクセルを踏みトラックは狼の横を逃げるように通り過ぎていく。

 しかし狼は諦めない。必死でトラックに爪を食い込ませて引き摺られながらも喰らいつく。

 しかもまたしても僕側の扉に爪を立ててきた。扉から貫通した爪が僕の脇腹を掠める。アスカさんにもたれかかる様に僕は身を引いた。

 なんとかしなければ扉は破壊されて僕は狼の夕御飯になってしまう。アスカさんもバランスが偏ったトラックを制御するのに精一杯だ。

 正面を見ると大木が生えている丘が見えた。あの丘を越えると直ぐに街に着く。街に着けば兵士が相手してくれる!そう思ったが狼は窓ガラスに牙を突き立て破ってくる。

 どう考えても間に合わない。街に着く前に喰われてしまう。恐怖の中頭をフル回転させて生き残る方法を模索する。

 僕は一つの考えが出てきた。迷っている時間はない。直ぐにアスカさんに伝えた。

「アスカさん!狼を木に当てます!」

 それだけを伝えた。はっきり言ってこれだけで伝わるとは思えない。だけど焦っているし時間もない。後はアスカさんがこの拙い作戦の内容を理解してくれるかだけだ。

「分かった!」

 アスカさんはそれだけ言うと迫り来る大木に向かって幅寄せした。アスカさんは理解してくれたのだ。

 後は僕の仕事だ。狼の爪や牙を掻い潜り扉の鍵を開けてドアノブを握る。扉は開かれた。そして僕はタイミングを合わせて思いきり扉を蹴っ飛ばした。

 扉は狼と一緒に大きく開かれた。そして扉ごと狼は大木に激突した。とてつもない衝撃が走った。その衝撃で扉は外れて狼共々地面に転がっていく。

 トラックは大木の根に跳ね上げられる丘の上から少し飛んだ。

「いやっほおぉぉぉぉ!!」

「うわあああぁぁぁぁ!!」

 アスカさんは空飛ぶトラックにご機嫌だ。僕はそれどころではない。狼を大木に叩きつけるのは僕の計画だが扉が外れるのと空を飛ぶのは全くの想定外だ。

 すっかり扉が無くなったトラックはどんな絶叫マシンより恐ろしい。僕が頼れるのはこのしがみついている心許ないシートベルトだけである。

 トラックが着地したのと同時に僕のお尻は今日一高く浮いた。メガネも浮く。天井に頭がぶつかりそうになる。それすらもアスカさんは楽しんでいた。

 僕は恐る恐る外に顔を出して後ろを見た。どうやら狼は追ってきてないようだ。

 僕は安心してズリズリと椅子からズレ下がった。体に力が入らない。

 アスカさんはそんな僕の肩を叩いて笑っている。

「すげーじゃねーかヒカル!最高だな!」

 はい、最高です。アドレナリンがドバドバです。ただ二度と御免です。心臓が保ちません。

 正面に街の灯りが見えてくる。その灯りは僕に安心感を与えてくれた。やっと帰ってきたのだ。

 辺りは日が落ち始めて昼間に長蛇の列を作っていた街に向かう馬車もいない。門も閉まっていない。

 間に合ったのだ。これで納品できる。村長との約束も果たせそうだ。

 門に着くと兵士達がワラワラ出てきた。朝に会っているのに何をそんな驚いているのか。

「これはどういう事だお前達!」

 また高圧的な兵士が出てきた。こいつ仕事熱心過ぎないか?それとも門番ってそんなにブラックなのかだろか。

 兵士が言っているこれとはこのボロボロのトラックの事だろう。扉は無いしあっちこっち穴は空いているし。

 アスカさん窓を開けて自ら話そうとしたがアスカさんに任せるとまた喧嘩しそうだから僕から事情を話した。納税の為に小麦を運んだ事、途中で狼の群れに襲われてた事。

「事情は分かった。しかし街に入れる事は出来ない」

「はぁ?なんでだよ!」

 案の定アスカさんは兵士に突っ掛かった。この展開はまずい。

「街に積荷を入れる際に必ず検品をしなければならない」

「じゃあすればいいだろ!」

「今日の業務は終わったのだ。明日出直せ」

 アスカさんは高圧的な兵士をぶん殴ろうとした。それを僕は必死で止める。あんまり暴れないで欲しい。僕はまだ車酔いをしているのだ。兵士はというとニヤニヤこちらを見ている。これがアスカさんの怒りに拍車をかける。

「いいじゃないですか、村の人達が困っているんです。小麦の袋だけですから」

 僕もアスカさんを止めながら必死で訴える。すると高圧的な兵士が僕の方までやってきた。

「あのな?これがこの街のルール何だよ。てめーらよそもんが好き勝手言ってんじゃねーよ」

 高圧的な兵士は僕の胸ぐらを掴んだ引っ張った。昼間のお返しなのかここぞとばかりに調子に乗っている。別に僕は蹴っ飛ばしていないのに。

 ただその角度はまずい。トラックに乗り高い位置にいる僕とトラックの下から胸ぐらを掴んで引き寄せた兵士。そして急な揺さぶり。車酔いの僕。

 完璧にお膳立てされたゲロの発射台である。

「おぇー」

 ゲロゲロが兵士の顔面にぶっかかる。ごめんなさい悪気はないのです。でも兵士さんサイドにも多少の非はあると思います。

「うお!きたね!」

 兵士は慌てて手を離して僕から離れていく。アスカさんはその隙を逃さなかった。僕を引っ張りトラックの中に入れてアクセルを踏む。トラックは街の中に向かって発進した。

 兵士達は完全に油断していた。急発進したトラックに誰も反応出来ていない。

 トラックはそんなにスピードは出していないが街中の走行は危険である。通りは馬車が通れるくらい広いが歩道と車道が明確に分かれていない。通行人は端を歩いているが飛び出してこないか心配である。

 後ろの方でなんか騒いでいるようだがサイドミラーのない僕にはどうなっているか分からない。分かりたくもない。

 アスカさんはこのまま領主の屋敷に向かうつもりなのだろう。街は広いと思っていたがトラックで移動すればあっという間に屋敷が見えてきた。

 屋敷の門にいる兵士はトラックを見るなり門を閉めようとしている。確かにこんなのが迫ってきたら僕も閉めるだろう。

 アスカさんもそれに気付いた。このままでは屋敷の前で止まってしまい、その間に追いかけてきている兵士に追いつかれてしまう。

 アスカさんはギアを上げてアクセルを踏み込んだ。僕はアスカさんの思惑が瞬時に分かった。本当にやめて欲しい。これ以上僕の寿命を縮めないで欲しい。

 トラックは加速していき閉まり切っていない門に突っ込んでいく。兵士は慌てて逃げ出して転がっている。

 目の前に門が迫る。僕は身を屈め目を瞑った。

 見なくても分かる。衝撃とバン!っと大きな音を立ててトラックは門を破っていった。

 アスカさんはヤケになっているのかハイになっているのか笑い声が聞こえる。

 目を開けると屋敷が直ぐ目の前にあった。

 アスカさんはブレーキを踏みハンドルを回した。トラックは横向きに滑りながら凄まじい音を立てて減速していく。道脇に植えてある庭師が整えたであろう低木をバリバリと折っていく。もちろん僕の方の扉は無い。ノーガードで屋敷が迫ってくる。

 屋敷の玄関ギリギリのところでトラックは止まった。アスカさんはどこまで計算していたのか分からないがトラックは止まってくれた。

 僕はとにかくトラックから降りた。これ以上乗っていたらまたいつアスカさんが暴走するか分からない。

 ヨロヨロとふらつく足で何とか地面に立った。いつも何気なく立っている地面だがこれほどありがたみを感じる事は今までなかった。

 アスカさんはトラックを降りてテキパキと荷台から麻袋を下ろしている。なんでこの人こんなに元気なのだろう。アスカさんは化け物か何かなのだろうか。

 屋敷の中が騒がしい。そりゃそうだトラックが突っ込んできたのだから。

 屋敷の扉が開くと領主のおっさんが出てきた。扉の前はちょうど荷台の位置になっており出てきたおっさんは頭をぶつけた。

 顔を上げると車体に描いてあるニッコリ運送のニッコリマークがお出迎えした。

「ひいい!」

 おっさんは悲鳴を上げた。そんなに怖がらなくてもいいのに。後から税務官のおじさんも出てきた。おじさんも外の状況に驚いている。

 おっさんの悲鳴にアスカさんが気付いた。

「おっさん持ってきたぜ。確認しな」

 アスカさんは約束通り税である小麦を持ってきた。

「そんな事はどうでもいい!ワシの屋敷を無茶苦茶にしおって!とっ捕まえてやる!」

 おっさんは怒っている。怒りは突然だ僕は何とかこの場を収めたいが今の僕は車酔いに肉体的、精神的疲労により動けない。おっさんを宥める元気はもう無い。

「あぁ?どんな方法を使っても良いって言ったよな?そこのおっさんにも確認したよな?」

 アスカさんは税務官の方を向いて自分の無実を訴えた。訴えている割には圧がある。

「ええ、まあ確かに言っていましたが……」

 ほらおじさんも困っているじゃん。おじさんはそんなに悪く無いから睨み付けないで欲しい。

「そんな税務官様!」

「ほらおっさんもそう言ってるぜ?だから問題ねーよな?」

 アスカさんは嬉しそうに笑っている。おっさんはプルプルと震えている。税務官に裏切られて相当堪えているのだろう。

「そんな事は知らん!税も知らん!そんな物どこにある!」

 なんとおっさんは小学生のように駄々をこね始めた。あまりにもみっともない。これが大人のやる事か。ワーワーとアスカさんに悪態をつき騒いでいる。

 痺れを切らしたアスカさんはおっさんに近付いていった。やばい。でも僕は動けない。どうか殴らないでくれ。

 アスカさんはポケットから何か赤い棒状の物を取り出してキャップを外した。あれは何だろう。

「テメーが運んで来いって言った荷物が見えねぇようだな」

 そう言うとアスカさんは赤い棒の先をキャップで擦った。棒の先から煙と眩い光が発せられた。

 あれは発煙筒だ。アスカさんは発煙筒を持っていたのだ。この状況を読んでいたのか車内から発煙筒を持ち出すなどどんな思考回路しているのか。正気の沙汰ではない。

 発煙筒の煙と光は狙い通りおっさんを震え上がらせた。眩い光の中アスカさんは不気味な笑顔を浮かべている。

 アスカさんは発煙筒をおっさんに向けてジリジリと近付いていく。

「分かった!分かったから!認める!」

 おっさんは遂に降参した。アスカさんはおっさんの降参を受け入れてると発煙筒をポイと捨ててトラックに乗った。

「ヒカル!いくぞ!」

 僕はフラフラとトラックに乗り込んだ。僕は少しだけおっさんに同情した。でも意地悪せず納税をさっさと認めていればこんな事にならなかったのだ。ここは喧嘩両成敗って事でお願いします。

 アスカさんは器用に方向転換してトラックは正門に向かった。正門には駆け付けた兵士達がいたがお構いなしに走り去っていく。

 トラックはだいぶ無茶をしたせいかどこからかガタガタと音が鳴っている。これ走らせて大丈夫なのか?

 トラックは街中をゆっくりと走っていく。アスカさんはご機嫌に鼻歌を歌っている。実に楽しそうで満足そうだ。その笑顔につられて僕も微笑んだ。

「アスカさん。この世界で運送業するのもいいですね」

 僕は今日の体験を振り返りあり得ない発言をしてしまった。こんな危険な仕事今までの僕ならやりたいと思わない筈だ。しかしアスカさんの笑顔を見ているとそれでもいいかなと思ってしまった。終わりよければ全て良しとはまさにこの事だ。アドレナリンとは実に恐ろしい。

「何かアテはあるのか?」

 アスカさんは不思議なことを聞いてきた。アテ?アテとは一体何のことだろう。

「いやトラックで配達しようかなって」

「ガソリンは?」

「……ガソリン?」

 すっかり忘れていた。ガソリンである。ガソリンのメーターを見てみると残り少ないと表示されている。異世界では都合よくスマホのバッテリーも車のガソリンも無制限に使える物だがこのトラックはそうでは無い。ただ日本からやってきた普通のトラックである。

「忘れていました。すいません僕が巻き込んでしまって大切なガソリンもトラックもこんな風にしてしまって」

 手持ちの物を全て売り払いトラックも使えなくなってしまえば正真正銘ただ一般人である。そしてなりより大切なガソリンを一円にもならない事に使わせてしまった事に後悔した。

「はっは!いいってトラックだっていつかはガソリンは無くなるし。ほっといてもバッテリーが上がれば動かなくなるし」

「そうですか。そう言ってもらえると助かります」

 アスカさんは笑って許してくれた。そもそも許すとかそんな小さな事も思っていないような気がする。

「それにウチはヒカルに助けられたしな。わざわざ服まで売って金作ってくれて。その恩返しだよ」

 アスカさんは照れ臭そうに笑った。何だこの人も可愛いところがあるじゃないか。

「でも明日からどうすっか。トラックって売れんのか?」

「大丈夫ですよ、どうにかなりますよ」

 僕の発言にアスカさんは驚いてた。まさか僕がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。僕も驚いた。今日一日でアスカさんにずいぶん影響を受けたのだろう。

「それもそうだな」

 二人して笑いながら走っていく。考えたってしょうがない。明日は明日の風が吹く。まだ見ぬ明日より楽しいこの時間を満喫しよう。今はそれでいいじゃないか。


 翌日僕たちは牢屋にぶち込まれていた。

 小麦に関しては領主が受け取ったので問題ないが検品しないで侵入したのがやっぱりダメであった。仕事熱心な兵士である。

 図らずとも僕たちは寝るところと食事が用意された。

 アスカさんは隣の牢でグースカ寝ている。なんて肝が据わっているのだろう。

 アスカさんの寝息を聴きつつ僕はアスカさんに染まり過ぎるのはやっぱり良くないなと後悔した。

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