留置所からこんにちは
なんか兵士に連れられて歩いていったら留置所に入れられた。こんな経験中学で生徒指導室にぶち込まれた以来だ。あの時と違うのは目の前に鉄檻がある事とパイプ椅子がなくて床に直で座ってる事。
でもまあ気に食わない兵士と酔っ払いに蹴りを入れられたからオールオッケー。この山口アスカはやられたらやり返すがモットーだ。
それにここにいれば飯も出てくるだろうし雨風も凌げる。心配なのはヒカルが一人で生きていけるかどうかだ。
あいつはナヨナヨしているから簡単にカツアゲされそうで見ていて心配になる。そのくせ喧嘩ごとには首を突っ込んで仲裁しようとするからタチが悪い。
それにしても硬い床に直に座っているからケツが痛い。薄暗くて衛生的によくない感じがするのも気持ちが悪い。牢屋って初めて入ったけどこれが普通はなのか?
気持ち悪いと言えばさっきからこっちをジロジロ見ている看守がどうにもやらしい目つきをしている気がする。
ウチは立ち上がって鉄檻に近づいた。
「なに?なんか用?」
こう言う時は圧をかけて質問すればすぐに解決する。後はこいつがどこまでゲスなのかだ。
「いやー君酒場で暴れて捕まったんだって?」
いやらしい看守はいやらしい口調で臭そうな口を開いた。
「それが?なに?出してくれんの?」
「それは君の態度次第かな?ちょっといい事させてくれた出してあげるよ」
看守は明らかにウチの胸を見ている。色んな人に会う仕事だからこういう目つきには敏感に反応できるようになった。まあ、こいつほど露骨ではないけど。こいつは分かりやす過ぎる。
「はぁ、こいよ」
ため息も吐きたくなる。何処の世界でもこんな奴ばっかりかよ。しかも更にやらしい目つきになって舌舐めずりしてやがる。ああ、気持ち悪い。
「君、分かってるじゃないか。大丈夫すぐ終わるから」
看守は鉄檻の目の前で向かい合う様に立った。
これだけはやりたくなかったが仕方ない。
ウチは思い切り看守の股間を牢屋越しに握った。
「うっふっ!」
看守は気持ち悪い声を出してくの字にうずくまる。それでもウチは握るのをやめない。ここで離してはダメだ。地獄の果てまでも掴み続ける。
「あんま舐めんなよ。このままテメーのを二度と使えなくさせてもいいんだぞ?」
更に力を込めて握る。看守は涙目になってきた。きたねー涎が垂れてくる。
「う……あ、すま……ん」
途切れ途切れになんか言ってるけど聞こえないフリをする。謝るくらいなら最初からするなよ。こいつは今まで何度もこうやって女を襲ってきたのだろう。なら遠慮はしない。看守が白目になりかけたところで遠くで声が聞こえた。
「おーい」
ウチはパッと股間から手を離した。こんなとこ見られたらまた何言われるか分からない。
看守は股間を押さえながらヨロヨロと壁に寄りかかった。ざまーみやがれ。
「お?どうした?」
「なんか腹がいてーみてー」
おっとりした看守は心配しているがやらしい看守は何も喋れない。ヒューヒュー変な呼吸をしているが気にしない。
「そうだ君出ていいぞ」
「何で?」
「保釈金を払った奴がいるんだ」
おっとりした看守は牢屋の鍵を開けた。ウチは晴れて自由の身だ。体感一時間もぶち込まれてないが。
そして保釈金を払った奴には一人心当たりがある。この世界でわざわざウチにお金を出すお人好しは一人しかいない。
おっとりした看守の後に付いていき外に出るとヒカルが待っていた。その姿は学ラン姿ではなく異世界ファッションに身を包んだ何処からどう見ても現地人だ。
「アカリさーん!よかった出れたんですね!」
ヒカルは泣きそうなほど喜んでいる。
「その格好どうした?学ランは?」
「保釈金が必要って事で質屋で売れる物全部売ってお金を作りました」
こいつお人好しにも程がある。よく見ると学校カバンも無くなり靴もスニーカーからボロ靴になっている。ヒカルは誇張なく全てを売ってしまった様だ。
「アカリさん、これちゃんと預かっておきましたから」
ヒカルは車のキーと巾着袋を渡してきた。車のキーはともかく巾着袋は投げ渡した時と同じだけずっしりしている。ヒカルはウチの金には手を付けないで自腹だけで保釈金を支払ったようだ。
「ヒカル、自分の金は残ってるのか?」
「それは大丈夫です。思いの外余りました。まだまだ生活はできます」
だからオッケーとはならない。これはヒカルにでっかい恩ができた。ここ最近どうしようもない奴らばっかりに会ってきたがまだまだ世の中いい奴がいるんだな。そう実感した。
「ありがとうな」
しっかりとヒカルにお礼を言う。それにヒカルは照れ臭さそうに笑った。
「もう捕まるんじゃないぞー」
「おう」
「はい、ありがとうございました」
おっとりした看守と別れの挨拶をして僕はアスカさんと並んで歩いている。僕の安全地帯は復活した。保釈の際に全財産の半分以上が持ってかれたがアスカさんがいるとのいないのとでは僕の精神の安定に大きな影響を及ぼす。
そういう訳でごめんなさいアスカさん。善意とかもありますが下心もバリバリあります。小心者の僕は異世界で一人では生きていけないのです。
学ランも売ってしまったが街中に馴染めたので結果オーライ、ポジティブに考えよう。流石に下着は売る気になれなかった。買う人もいやだろう。
太陽は傾き始めて流石にお昼は過ぎたかなと感じた。一日が長い。夜になる前に宿を見つけないと野宿になる。それは怖い。
「これからどうします?宿でも探しますか?」
「うーん、泊まるとこならトラックでもいいから仕事探すかな」
そうか仕事か。その通りである。やはりアスカさんを助けてよかった。僕はまだ学生気分が抜けてないがこれからは仕事をしてお金を稼がないといけない。どこの世界でもニートが生きていくには厳しいようだ。手持ちのお金もいつかは底を尽きる。そうなれば楽しい楽しい異世界生活は終了してしまう。今のところ楽しい思い出はないが。
アスカさんは道行く人に仕事を紹介してくれる場所を聞いた。大通りに職業斡旋所があるらしい。やはりハローワークのようなものは何処にでもあるのだなぁ。
道を教えてもらい僕達は観光気分で歩き始めた。目につくものがあると止まり興奮しながら道を進んで行く。こんなのんびりしていいのかとアスカさんに聞くと「一日くらい観光しようや」と言ってくれた。もしかしたら僕に気を遣ってくれたのかもしれない。
のんびり歩いて遂に斡旋所に着いた。室内では多くの人が忙しそうに歩き回っている。大きな街だけあってそれだけ人も仕事もあるのだろう。
カウンターに座り二人で斡旋所のお姉さんに仕事を紹介してもらった。
異世界ならではの仕事があるんじゃないかとウキウキしていたが現実はそう甘くない。この世界での文字が読めない書けない人間に紹介できる仕事は限られている。
一つは魔物を狩るハンター、もう一つは街での肉体労働だ。
ハンターは論外。あんな狼と戦うなんて出来るわけがない。ガリ勉には荷が重すぎる。剣なんて持てるはずない。チラッとハンターらしき人を見たがムキムキマッチョマンだ。何を食ったらああなるのだろう。
そうなると肉体労働しか選択肢がない。これは何処の世界でも同じらしい。
主に収穫期のみの人材派遣これはもう過ぎたので紹介は出来ない。他には石材の採掘。道路整備。ごみ収集、などだ。
はっきり言って日本とあまり変わらない。そりゃそうであるががっかりした。明日から僕は異世界で働き詰めの毎日を送るのだろう。
一通り話を聞いて僕達は外に出た。アスカさんの顔色は変わっていない。やはり社会経験がある人は違う。それとも異世界モノを読んでこなかったからだろうか仕事について何も期待をしていなかったのかもしれない。
僕達は街の中心を目指した。今日一日観光をすることに決めた。明日から嫌でも見るのだから今日くらいは穏やかな気持ちで街を眺めたい。
僕達が街の中心に向かって歩いていると一際目を惹く豪華な屋敷が立っていた。屋敷は塀で囲まれており、おそらくこの街のお偉いさんが暮らしているのだろう。
塀に沿って歩いていると正門らしき場所に着いた。そこには門の前に警備の為に兵士が立っている。その横には頭を下げながら兵士に話しかけている中年男性がいた。なにやらペコペコしながら必死な兵士に訴えている。どうにもその姿には親近感が湧く。おお同志よ。
正門に近づくと中年男性が何を話しているかようやく分かった。兵士に領主への面会を希望しているらしい。しかし兵士は取り合ってくれない。
すると街から一台の馬車がやってきた。街に入る前に見た馬車と違い、物ではなく人を運ぶ用の豪華な馬車である。御者もきっちりとした格好をしており引いている馬も何だか気品があるような気がする。
馬車は中年男性が揉めているため正門の前で停まった。馬車から小太りのやたらと豪華な服のおっさんが降りてきた。
「またお前か!」
開口早々おっさんは怒鳴った。まぁ通行の邪魔をするなら怒ってもしょうがない。それにまたと言うことは何度もやっているのだろう。
中年男性はおっさんの前で跪き懇願した。
「領主様お願いします。どうか納税の期限を伸ばしてください」
「何度頼んでもだめだ!これは王国で決められた法律である。そうでしょう税務官殿」
おっさんは馬車を見ると馬車からキリッとしたおじさんが降りてきた。こちらのおじさんは仕事ができそうな雰囲気があり貫禄がある。
「私は王国法に則り仕事をするだけです」
おじさんは淡々と答えた。実に冷たい喋り方である。
「分かったか!だから今日中に納税するのだ!小麦の麻袋か金貨だ!」
おっさんは容赦なく怒鳴り散らす。それでも中年男性は諦めない。
「今村で袋詰めをしているはずです。四日後には必ず納めますから」
「ならん!他の村は期日通りに納めた!お前らだけ特別扱いはできん!期日通りに納税しなければ追加徴税がある事を忘れるな!」
「そんなウチの村にはそんな余裕はないのです、お願いします」
中年男性はおっさんの足元で土下座した。おっさんは容赦なく中年男性を蹴っ飛ばす。周りの人間は何も言い出せず見ているだけである。よっぽど領主であるおっさんの権力が強大なのだろう。
ここで僕の悪い癖が出てしまった。非力で小心者なのに問題ごとについつい顔を突っ込んでしまう悪い癖だ。
「大丈夫ですか!」
僕は中年男性に駆け寄った。中年男性の手は擦りむけて血が滲んでいる。
「何だ?お前は?何か言いたいことでもあるのか?」
おっさんは今度は僕を睨みつけた。僕は許せなかった。いくらルールがあるとは言えこんな仕打ちはあんまりだ。ここの法律が許しても僕は絶対許さない。おっさん同士の争いとは言えこんなひ弱な中年男性を蹴っ飛ばしていいわけがない。正義に燃える僕はこの悪逆非道のおっさんに言ってやった。
「あのー……ほら、こんなに……頼んでいるですしー少しくらい待ってあげてもーいいんじゃあないかーなんて……」
言ってやったぜ。これが限界だぜ。ここで啖呵を切れるならカッコいいがそんな事は出来ない。生まれてこのかた喧嘩どころか口論すらしないで生きてきた平和主義者な僕だ。いつも通りのペコペコモードが発動してこのザマだ。
「何を言ってるのか分からん奴だ。それともお前が納税するのか?」
おっさんには僕の言葉は届かない。そりゃそうだ吃っていたし歯切れも悪いし。
「いや、今はそんなお金はないですし。僕が払うのもなんかー違うと言うかー」
「うるさい奴だ!そこを退け!」
おっさんが僕を叩こうとした。その手にはゴテゴテの指輪を嵌めている。これは確実に痛い。痛いのは嫌だけど避けれるほど運動神経も良くない。となると目を瞑って痛みに耐えるだけだ。全身に力を入れて打撃に備える。
しかし待ての暮らせど痛みは走らない。こんな経験今日二度目だ。まさかまた異世界転移かと思い目を開けるとアスカさんがおっさんの手首を握りしめている。
「その辺にしとけよおっさん」
アスカさんは鋭い目つきでおっさんを睨みつけた。おっさんは怯んだがそこは領主、しっかりと威厳を見せつけた。
「なんだ!お前は!手を離せ!」
「おいおっさん、その小麦の袋を持ってくればいいんだろ?」
このおっさんは今地面に座っている中年男性の事だ。
「は、はい、そうですが」
「いいよ、ウチが持ってきてやるよ」
まさかの提案に誰もが驚いた。もちろん僕もだ。トラックはあるがアスカさんがやる義理は全くない。
「馬鹿者!どうやって持ってくるつもりだ。それより早く手を離せ!」
おっさんは笑ったり怒ったり忙しい。
「うるせーおっさん!アテがあるんだよ」
このおっさんはおっさんの方だ。アスカさんはおっさんから手を投げ捨てるように離した。
「袋持って来れるならどんな方法を使ってもいいんだろ?後で道交法とか言うなよ?」
「どーこーほー?何を言っている!どんな魔法を使うか知らんが好きにしろ!ただし期限は今日中だぞ!」
「聞いたか!おっさん!少し待ってろ!」
このおっさんは威厳のある税務官のおじさんである。この辺りはおっさんばっかりである。
税務官のおじさんはアスカさんの迫力に押されて「うむ」としか言えなかった。
「行くぞヒカル!おっさん!」
アスカさんはトラックが停めてある門に向かって早足で歩き始めた。ちなみにこのおっさんは中年男性のことである。
アスカさんの後を僕達はバタバタと追いかける。振り向くとおっさんが馬車に乗り込みながらギャーギャー騒いでいる。これ以上何かされるのは嫌なので僕は見ないふりをした。
「おっさん、村までどんくらいだ?」
「えっと馬車で四日程です」
「その馬車が全力で走って四日って事か?」
「そんなわけ、馬が歩いて引く速さです」
「袋の数は?」
「十袋くらいです」
アスカさんは矢継ぎ早に中年男性に質問していく。その間休む事なく歩いていく。僕は体力も筋力も無いので追いつくのがやっとだ。
「村の場所は?」
「今向かっている門から出て二つ村を越したところです」
「それだけ分れば十分」
「あの、本当に間に合うのですか?」
「大丈夫だよ、秘密兵器があるからよ」
「はぁ……」
中年男性は明らかに困惑している。そうこうしているうちにあっという間に門まで着いた。そこにはあの高圧的な兵士もおりアスカさんを見るなり身構えた。
「お前の相手してる暇はねーんだよ」
アスカさんはさっさと高圧的な兵士の前を通り過ぎた。兵士も相手にされずポカンとしている。おそらく牢屋にぶち込まれた逆恨みに来たと思ったのだろう。
トラックの周りには野次馬がいた。それは主にドワーフ達で熱心にトラックを見たり下を覗き込んだりしている。
「乗りたいか!オッサンども!マニュアル車だからお前らには無理だよ。欲しけりゃなニッコリ運送からぶんどりな!」
アスカさんは某SF不良漫画のセリフを引用してドワーフ達を退かせた。何で異世界モノは知らないのにそっちは知っているのだ。
アスカさんはトラックから何やら紙を取り出した。そこには運送依頼書と書いてある。
「おっさんここに名前書いて」
アスカさんは運送依頼書とペンを中年男性に渡した。中年男性は戸惑いながらも名前を書いていく。そもそもこのサインは必要なのか。それとも形式的にアスカさんがやりたいだけなのか。
「よし行くか!おっさん乗りな」
「乗るってこれにですか?」
おっさんは戸惑っている、この謎の四角い物体に乗るのはかなり抵抗があるようだ。
「当たり前だろ。道案内が必要だし村に着いたらどこにその袋があるか教えてもらわないと」
僕もトラックに乗り込む。今回の騒動の発端は僕にあるから積み込みぐらいは手伝わないといけないだろう。
アスカさんは無理矢理中年男性をトラックに押し込み自分も乗り込んだ。車内は三人が並んで座っておりお世辞にも快適とは言えない。
アスカさんと僕が挟む形で中年男性が座った。
アスカさんがエンジンを入れた。エンジン音を鳴らして振動したトラックに野次馬は驚きさらに距離を空けた。
「よし、出発」
アスカさんはギアを入れてトラックを走らせた。初めて車に乗る中年男性は驚いてアスカさんの腕に捕まっている。これではまともに運転できない。
「おい、場所交代しろ」
狭い車内で僕と中年男性はズルズルと動きながら場所を入れ替えた。中年男性は振動に怯えてトラックについている名前が分からない掴まるところに掴まっている。何て名前だろう、取手?手すり?
トラックは順調に走っていく。文明の力である馬より速く長く走る事ができる。これなら今日中に運送できるだろう。しかし中年男性の表情は曇ったままだ。何故だろうトラックが怖いのか?
「あのーこんな速さで間に合うのですか?」
中年男性は恐る恐る聞いてきた。
「さっきの話なら今日中に往復できるだろ」
「いや夜になると門が閉まって街に入れなくなるんです」
「それを早く言えよ!」
アスカさんはギアを上げた。一気に加速して草原を駆け抜ける。
「うわああああああぁぁぁぁぁ!!」
中年男性は叫んだ。しかしそんな事お構いなしにトラックはまだ見ぬ村を目指して爆走していく。
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