Dパート

 外は激しいどしゃ降りの雨であらゆる音をかき消していた。灯りのついていないあの家は夜の暗闇に沈んでいた。

 そこに近づく人影があった。それは目出し帽に黒っぽい服装をした男で、バールのようなものを持っていた。あの家に侵入しようとしているのだ。辺りに人家はなく、通りかかる者は誰もいない。男は懐中電灯で照らしながら家の裏口に回った。そして躊躇なく、扉の窓ガラスを割って裏口を開けて家の中に入った。


 家の中は不気味なほど静まり返っていた。その男はまっすぐに奥の和室に向かった。そして床の間の畳を取った。すると板が敷いてあり、それも外して中に手をやった。

 しばらくして「ギーッ!」と何かが軋む音がした。すると床の間の横の壁に人が通れるくらいの隙間が開いた。男は辺りを見渡してから、バールをもってその隙間に入った。そこには大人一人がやっと入れるほどの小部屋があり、ダイヤルのついた、やや大きめのロッカーが置かれていた。


「こいつをこれで開けてやる!」


 男はロッカーの扉の隙間にバールを差し込んで力を込めた。すると扉がゆがみ、それを開けることができた。中にはきらびやかな宝石が詰まっている。


「ふふふ。やったぜ!」


 男はうれしげな声を上げ、用意してきた袋に宝石を詰め込んだ。


「これでこの家にもう用はねえ! 行くか!」


 男はその小部屋から外に出た。そしてカバンから液体の入った容器を取り出した。


「足がつかないようにガソリンで燃やしてしまおう!」


 男はその容器のキャップに手をかけた。その時だった。いきなり正面から強い光を浴びせられた。男はあまりのまぶしさにその容器を落として顔を手で覆った。


「そこまでだ!」


 鋭い声が響いた。男がその方向を見ると倉田班長たちが立っていた。


「お前のしたことはすべてわかっている」


 男は逃げようとしたが藤田刑事によって取り押さえられた。そしてその目出し帽がはがされた。


「やはり、西山だな。お前が小森を殺したんだな。20年前に盗んだ宝石のことで」


 その男は西山だった。彼は顔をうつむけて黙ったままだった。倉田班長がそのそばに寄って話し始めた。


「20年前、小森とお前は宝石強盗をした。その盗んだ宝石と現金を小森はこの家の隠し部屋に隠した。だが1年前、急に脳梗塞になって危篤になってしまった。お前は小森が宝石を隠し持っていると思ってこの家を必死に探したが見つけられなかった。仕方なく、お金に困っていたお前はこの家を売却した」


 すると西山は逃れられないと思ったのだろうか、観念して口を開いた。


「ああ、そうだよ。20年前、せっかく大金と多くの宝石を手に入れたのに、俺には少しの金しかくれなかった。そんなもの、すぐに使い切ったよ。だから伯父にすがって、この家の手伝いなどをして小遣いをもらっていた。だがその伯父が倒れた。それならこの家を売ってお金にしてやろうと思ったんだ」

「だが当てが外れたな」

「そうだ。伯父は奇跡的に回復したんだ。すると家を売却したことがばれて怒られてしまった。そこで伯父の口からこの家に宝石が隠してあることを知らされた。それで伯父の計画に乗ったんだ」


 西山は饒舌になっていた。


「伯父がこの家の内見に来て、隙を見てあの隠し部屋に隠れた。宝石が発見されたとか大騒ぎになっていないから、あの隠し部屋はそのままだと思ったんだ。そして夜になるのを待って隠し部屋から出て玄関の鍵を開けた。そこで俺が入って来て宝石やらを運び出そうとしたんだ。体が不自由な伯父一人では無理だからな」

「だがお前はそうしなかった。小森を殺した」


 倉田班長がズバリと言った。西山は不気味な笑いを浮かべた。


「もうすっかりわかっているのだな。そうさ。俺さ。俺が殺したんだ。でも前から考えていたんじゃない。伯父がロッカーを開けて現金を取り出した時に急にひらめいたんだ。このまま伯父が宝石を持ち出しても俺にはくれねえと思ったんだ。それよりこのまま殺せば独り占めだと」

「それでお前はロープで首を絞めたんだな」


 倉田班長の言葉に西山は大きくうなずいた。


「ああ、そうだ。荷物を縛るためのロープを持ってきていた。それで後ろからロープを回して首を絞めて殺した。それですべてが手に入いるはずだった。だが暴れたはずみでロッカーが閉まってしまった。そうなったらもう簡単に開けられない。宝石はロッカーの中に残されたままだ。現金が一千万ほど手に入れたが」

「お前はそれで満足できなかったんだな」

「ああ、そうさ。一度、あの数億にはなる宝石を見てしまうとな。だがいい考えがひらめいた。この家ごと買い取ってしまえばいい。この家は売りに出されているのだから。だが困った問題があった」


 西山はそう言ってため息をついた。


「お前の手持ちの金では買えなかった」

「そうだ。手に入れた一千万、そしてこの家を売った時の五百万、合わせても一千五百万しかない。この家の価格は三千万だ。とても足りない。でもいい方法があった。伯父がこの家で自殺したように見せかければ事故物件として値段が下がる。そうなればこの家を買いたい奴はいなくなり、俺でも買えるようになる。一石二鳥だと」


 西山はそうして小森を自殺に見せかけたのだ。彼なら高い天井の梁にロープを回すことができる。これですべての謎が解かれて事件が解決した。


「もう少しだったのに・・・俺がこの家を買ってすべてが丸く収まるはずだった。だがあの不動産屋が『事故物件で高く売れなくなったからこのまま家を解体して更地にして売る』とか言い出したんだ。それも明日から工事に入ると。それで慌ててこの家に忍び込んだのに・・・」


 西山は悔しそうに言いながら連行されていった。


 私はそれを不思議に思っていた。エイコホームの所長は事故物件を売りたかったはずなのに・・・西山の申し出を受けると思っていた。


「どうした? 日比野。腑に落ちない顔をして」

「班長。我々が張り込んでいたところに西山が忍び込んできたので解決しました。それもあの所長がこの家を売らずに解体すると言ってくれたおかげです。でもどうしてでしょう?」

「それはな、俺がそうするように所長に頼んだからだ。西山がそう動くと踏んだからだ」


 倉田班長はそう種明かしをして部屋を出て行った。


 ◇


 あの家は結局、買い手がつかなかった。忌まわしい殺人が行われたのだから・・・。それで更地にして土地の売却をすることになったそうだ。

 私はどういうわけか、それを見に行った。きれいにリフォームされた家はポツンと寂し気に建っていた。これからこの家の解体が始まる。

 私はエイコホームの社員の証言が気になっていた。小森は隠し部屋のあった奥の間だけでなく、どの部屋も念入りに見て回っていた。それはなぜ・・・


(小森はもしかしてあの現金や宝石を売って、この家を買い戻すつもりだったのかもしれない。愛着あるこの家を・・・)


 その家に轟音を響かせて重機が押し寄せていった。それは容赦なく家を壊していった。後に何も残らないように・・・。

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首吊りの家 広之新 @hironosin

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