Cパート

 捜査はそれからも続けられたが、新たな手掛かりは出てこなかった。そのため自殺として捜査は打ち切られようとしていた。その矢先、予想もしていない事実が出てきた。


「とんでもないことがわかりました!」


 藤田刑事が捜査本部のある会議室に飛び込んで来た。倉田班長が尋ねた。


「どうしたんだ?」

「あの家に落ちていた一万円札の出所がわかったのです!」


 私も覚えている。その一万円札は旧札ながらもピン札だった。あの小森老人が落としたにしては不自然だった。彼は折りたたまれた紙幣をポケットに入れていたのだから・・・。


「あれは20年前の宝石店の強盗事件の際に、宝石とともに盗まれた二千万のうちの一枚です。次の日の商談に備えて用意したものです。預金を下した銀行に紙幣番号の控えが残っており、手配されていました」


 その事件は20年前、都心の宝石店に2人組の強盗が入った。店員を脅し、金庫を開けさせて高価な宝石と現金二千万円を強奪していった。覆面をしていて人相はわからないが、小柄な男と大柄な男の2人組だったという。すぐに緊急配備が敷かれたがその網にかからなかった。その後、大々的に捜査が行われたが結局、犯人を逮捕できなかった。それは犯人たちがずっと盗んだ宝石や現金を使うこともなく、足がつかなかったことが大きい。それがこのような形で出てくるとは・・・。


「その一万円札は使われていないピン札だった。ということはあの小森がその事件の犯人なのか」

「多分、そうでしょう」

「そうなるとその宝石強盗の共犯は西山ということになる。背格好が一致するからな。だが・・・」


 その事件はすでに時効を迎えていた。だから今更、西山を逮捕することはできない。


「ですがどうしてそんなものがそこに?」

「あの家に関係するのかもしれない。そこにそれが隠されているとすれば・・・」


 藤田刑事と話しながら、倉田班長は腕組をして考えていた。


「この事件、単なる自殺ではなさそうだな」

「仲間割れということが考えられますね」


 私の言葉に倉田班長は大きくうなずいた。


「西山を任意で引っ張ってきてはどうでしょうか?」


 私はそう意見した。


「いや、それではこちらの手の内をさらすことになる。西山はこちらが宝石強盗のことをつかんでいないと思っているだろう。取り調べをしても吐くまい。それにこちらは確たる証拠をつかんでいない。あの一万円札があの家のどこから出てきたのか。それがわかればいいのだが・・・」

「そうですね・・・」


 あの家はリフォームした。普通、そんなことをすれば隠している場所が発見できるはずだ。だがそれは見つからなかったようだ。だがもう少し詳しくあの家のことを調べる必要がある。


「エイコホームに行って、あの家のことを調べてきます」

「俺も一緒に行こう。ちょっと気になることもあるからな」


 倉田班長も同行することになった。


 ◇


 エイコホームの駅前営業所は多忙を極めていた。電話が鳴りやまず、社員がその対応に追われていた。所長もあちこちに電話をかけてその家の今後について各方面と相談しているようだった。


「本当に参りましたよ。お客さんからはキャンセルの電話。マスコミからは取材の申し込み。多分、リフォームされた家で元の住人が自殺したから、センセーショナルに書きたいんでしょうな。それだけでなく誹謗中傷。我々が老人から家を取り上げたから自殺したんだとか・・・」


 所長は愚痴を言っていた。私は尋ねた。


「あの家はどうなるんです?」

「事故物件として売り出すか。それとも取り壊して土地だけにして売るか、本社と相談しているのです。どっちにしても大損です」


 所長はため息をついた。


「あの家のリフォームについて教えていただきたいんですけど」

「ええ、いいですよ。おーい。山田君。あの家の図面をもってきて」


 所長はあの家の図面をもとに話し始めた。


「かなり改装しました。古い壁を取っ払い、天井も抜いて広々した空間にしました。それでこうした開放感のあるリビングができたんです。奥の和室は趣があってかなりいい材料を使っていたのでできるだけそのまま残して、後は新しい木材を壁に貼っていきました。もちろん断熱材も豊富に使いましたから・・・」


 所長は詳しく説明してくれた。それくらいこの家のリフォームに力を入れていたのだろう。しばらくして、


「所長。そろそろお時間が・・・」


 山田という社員が所長に声をかけた。


「おっ! そうだった。すいません。これから出かけますので・・・。山田君。準備はいいな」

「お忙しいところ、すいませんでした。商談ですか?」

「ええ、あの家のことで」

「あの家を買いたいという方が現れたのですか?」


 私は驚いて尋ねた。老人が自殺した家を買おうという人がすぐに現れるとは・・・。


「それがそうなんです。事故物件だからもう誰も買わないと思っていたんですよ。それがそれでもいいからって、あの西山さんが・・・」


 所長の言葉に私と倉田班長は顔を見合わせた。


「西山さんは何と言ってきたのです? もし差し支えなければ・・・」

「それが泣ける話なんです。『あの家に伯父は愛着があった。だから人手に渡るのに耐えきれず自殺までしたんだ』と。『だから買い戻して死んだ伯父さんを安心させてやりたい』って」

「西山さんがそんなことを」

「ええ、だけども売り出した価格では高すぎて買えない。安くならないかと。それでこれから西山さんに会って交渉するんです。あの価格の半分、いや三分の一でも御の字です。それでは・・・」


 所長はカバンを持って出かけようとした。倉田班長はその所長の腕をつかまえて言った。


「申し訳ありませんがお願いしたいことがあって・・・」


 倉田班長は所長に耳うちしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る