Bパート
私は老人施設の職員の話の裏を取るため、エイコホームの駅前営業所を訪れた。そこが今回、あの家を売り出したのだ。その所長が私に話してくれた。
「あの家は半年前に売り出されたんですよ。すぐにお金に換えたいということで。それでこの営業所が本社と相談して手に入れました。リフォームして高く売ると。この営業所の一大企画だったのですよ」
「金額はどれくらいだったのですか?」
「五百万くらいですかね。確か、売主は西山という方でした」
「小森英二さんの家ではなかったのですか?」
「その小森さんが病気になったため、甥の西山さんが代理人になったと聞いています」
それは老人施設の職員の話と一致した。
「苦労してリフォームしてこれからという時に・・・。三千万で売るはずだったんですよ! それが事故物件だなんて・・・」
「事故物件?」
「ええ、事件や事故で亡くなったり、自殺などの場合、売る時に告知する必要があるんです。そうなると価格はぐっと下がるんですよ! 2割から5割引き。いや、それでも売れないかもしれない。全く大損ですよ!」
その所長はいかにも残念という言い方だった。人一人が死んでいるというのに・・・。
私はその営業所を出た。今のところ、老人施設の職員の話と矛盾はない。小森老人はやはりあの家に愛着があって死を選んだというのか・・・私はまだしっくりこなかった。
◇
甥の西山三郎を呼び出して遺体の確認をすることになった。あの老人の遺体は霊安室に安置しており、そこに入ってきたのは40過ぎの大柄な男だった。倉田班長が彼を出迎えて尋ねた。
「西山三郎さんですか?」
「はい。そうですが・・・」
「ご遺体の確認をお願いします。あなたの伯父の小森英二さんかどうか・・・」
すると西山は遺体の顔の布を取ってその顔を一瞬見て、そしてすぐに布を顔にかけて言った。
「間違いありません」
「よく見てください。小森英二さんに間違いありませんね!」
西山が遺体の顔を見てすぐに顔をそむけたので、私は念のためそう確かめた。するとまた一瞬だけ顔を見て言った。
「間違いありません。伯父の小森英二です」
「そうですか。ではご遺体のお引き取りについて後日、連絡させていただきます」
倉田班長がそう言うと、西山は
「え、ええ・・・では・・・」
と頭を下げて帰ろうとした。だが私は引き留めた。
「ちょっと待ってください。少しお話を聞かせてください」
「何か?」
「不動産会社から聞きましたが、あの家はあなたが売ったものだとか」
「はい。伯父の入院費や他にも諸々出費がかさみましてどうにもならなくなって・・・」
「それでお売りになったのですね。小森さんは納得していましたか?」
「それは・・・何せ、危篤状態でしたから。仕方なく・・・。伯父には怒られましたが」
本来なら違法ということになるのだろう。だが小森が法的手段に訴えなかったことを見るとあきらめてそれを受け入れたのかもしれない。
「もう一つ、お聞きします。あなたは昨夜、どこにいましたか?」
「えっ! どうしてそんなことを」
西山は少し動揺しているようだった。
「念のためです。皆さんに伺っています」
「ええと・・・。施設から伯父がいなくなったのを聞いてあちこち探し回りました。家に帰ったのは10時くらいと思います」
「誰か、証明できる方は?」
「いませんが・・・。まるでアリバイを聞いているようですが、伯父は自殺ではないのですか?」
「まだ断定はしていません」
私はきっぱりと言った。その言葉に西山は明らかに動揺していた。怪しい・・・私はそう感じたが、西山が小森を殺害する動機が見当たらない。
「警察は何を疑っているというのですか! 伯父は悲観していた。あの家が人手に渡ったために・・・。それで自殺したんじゃないんですか!」
西山ムッとしていた。その場に険悪な空気が流れた。
「あくまでも念のためです。ご苦労様でした。ではお帰り下さい」
倉田班長がなだめるように言うと西山はそそくさと帰って行った。
◇
解剖結果が出た。死因は絞殺。首を吊っていたロープの索状痕と一致。他に外傷はない。死亡推定時刻は午後8時から10時・・・
自殺としても特に問題はなかった。あの家では内見が終わり、社員が片付けて帰ったのが午後8時。それから何らかの方法で家に入り、首を吊ったようだ。
また私はあの家に来てみた。天井の梁はかなり高い。高い椅子に乗って両手を伸ばしてロープをかける・・・小柄な老人にはかなり難しかったはずだ。それに小森は左側に軽いマヒがある。そんな彼にそんなことが可能なのか・・・私の疑惑はさらに深まった。
だが・・・決め手がなかった。自殺でないと証明する・・・。小森は殺されたのではないか・・・それは私の直感でしかなかった。だからこの事件は単なる自殺と処理されてしまうかもしれない。
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