Aパート
私たちは通報を受けて現場に駆け付けた。80年前に建てられた郊外に立つ平屋の一軒家・・・それはモダンにリフォームされていた。だがあちらこちらに昔の古い家の名残を残し、それは私にはいびつなものに感じられた。
老人はリビングの天井にある、昔の梁に縄をかけて首を吊っていた。足元には踏み台も転がっていた。私たちは遺体を下ろした。首にロープと一致して索状痕が残る。あとは解剖に回して詳しく調べるだけだ。
「どうしてこんなところで首を吊ったのでしょう。自分の家でもないのに・・・」
「そうだな」
私は藤田刑事とともに家の中を調べた。裏口や窓の戸締りはしっかりなされていた。変わったことといえば奥の和室に旧札の一万円札のピン札が一枚落ちていたことぐらいだった。昨日、帰る時に社員たちは気づかなかったという。そうならその老人がリビングで首を吊る前に、奥の間に行ってそれを落としたことになる。それ以上のことはわからない。
「まあ、第一発見者に事情を聞くか」
藤田刑事はリビングの隅にいる社員を見てそう言った。彼は緊張した面持ちで話を聞かれるのを待っていた。
私と藤田刑事はその社員のそばに行って声をかけた。
「発見した状況を教えてください」
「朝来てみたら、びっくりしました。リビングで首を吊っているのですから」
「この家には誰もいなかったですか?」
「ええ、誰も・・・」
「この家のそばで誰かとすれ違ったとか」
「それはないですが、ただ・・・」
「何か、気になることがありましたか?」
「玄関の鍵が締まっていなかったのです。誰かが忘れたのかと・・・。でも他の者に確認したのですが、昨日は確かに玄関の鍵をかけたと。確認もしたようです」
玄関の鍵はしまっていた。するとどうやって外から開けたのか・・・。
「こちらのカギは?」
「私が営業所から持ってきました。あとスペアキーが営業所にありますが。ちゃんと確認ができています」
もちろんこの家からはスペアキーなどは見つかっていない。それなら老人は一体、どこから・・・私は見渡した。
(玄関のドア以外はちゃんとしまっていた。老人は何らかの方法でここに入った。その方法は?)
それも謎だった。藤田刑事が尋ねた。
「亡くなられた老人に見覚えはありますか?」
「それが・・・昨日の内見に見えられたお客さんです。確か、山中太郎さんと名簿の方に・・・」
内見に来た客が記入した名簿がある。だがそこに書かれた老人の名前や住所は嘘であることはすでに判明していた。
「その方について何か気になることがありましたか? 思い詰めているような・・・」
「いえ・・・。左半身に軽いマヒがあったようで左足を引きずっておられました。それでも熱心にこの家をじっくり見ておられました。そこらの木の壁をなでたり、コツコツと叩いたりされていました。特に奥の和室はじっくりと見学されたようで」
「そうでしたか」
「ええ。あの年でこの広い家とは・・・私たちは冷やかしだろうと思っていたのですが・・・。この家を感慨深げに見渡したりされていました。何か思うところがあったのかもしれません」
その社員はその老人のことをよく覚えていた。私はそれを聞いて思った。
(この老人はこの家に何か係わりがある。一体、この老人は何者なのか?)
だがその持ち物からは身元は分からなかった。彼のポケットにはむき出しのまま、折りたたまれた紙幣や硬貨が入っていただけだった。
「自殺のようだな」
藤田刑事がぼそっとつぶやいた。確かに普通に見れば自殺だ。そのように見える。しかし私は何か違和感を覚えていた。自殺と判断するにはまだ謎が多すぎた。
それは倉田班長も同じだったようだ。
「自殺とは断定できない。事件の可能性を考慮に入れて捜査を行う。まずこの老人の身元を調べるんだ」
倉田班長は捜査員にそう指示した。それに従って私たちは聞き込みに回った。
◇
老人の身元はすぐに割れた。私はその老人の体が不自由であったことを聞いて、近くの老人施設に聞き込みに巡った。その一つ「白うさぎ」という施設で、老人が一人、昨日から行方不明になっていることを知った。施設の職員はその老人の写真を見せてくれた。それは紛れもなくあの家で首を吊った老人だった。
「この方です。名前はわかりますか?」
「ええ。小森英二さん。年齢は80歳です」
「身寄りの方はいらっしゃいますか?」
「確か、甥の方が・・・。西山三郎さんですね」
職員はその名簿を私に見せてくれた。私は書き写しながら尋ねた。
「ところで小森さんはどのようないきさつでここに?」
「1年少し前でしょうか。脳梗塞で自宅で倒れられて。救急車で病院に搬送されましたが、ずっと生死の境をさまよっていたとか。でも何とか回復して退院することができて3か月前からこの施設に入所されました。それからよく甥の西山さんが訪ねて来られて・・・」
「ここ最近、変わったことはなかったですか?」
私が聞くとその職員は話した。
「そう言えば西山さんに怒っているのを見ました。なんでも家が・・・」
「家?」
私は聞き直した。
「ええ、なんでも西山さんが勝手に小森さんの家を売ってしまったとかで・・・。入院費や施設の料金やらで多くのお金が必要になったからとか、西山さんはそうおっしゃっておられましたのを聞きましたけど」
それで私はピンときた。これで何もかもがつながると・・・。
「その売ってしまった家の住所はわかりますか?」
「ええ。ここです」
それはやはりあの家だった。
「それで小森さんは? どこにいらっしゃるのですか?」
職員は我慢ができなくなって聞いてきた。いなくなった入所者のことをひどく心配していたのだろう。彼女は警察が小森老人を保護していると思っているようだが・・・つらいが本当のことを告げねばならない。
「亡くなられました」
「えっ! どうして!」
「詳しくはお話できません。警察の方から甥の西山さんにご連絡して遺体を確認してもらいます。多分、それから正式に・・・」
「わかりました。それにしても不憫な・・・。小森さんは言っていたのです。『あの家は俺の宝だ』と。それが売られてしまって絶望したのでしょうか・・・」
職員は気の毒そうに話した。
(内見でその家の変わりようを見て自殺した・・・いや、心残りがなくなって・・・それとももう自分のものでもないのを悲観して・・・)
私はいろいろ考えてみたが、どれもしっくりいかなかった。やはり謎がまだ残る。
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