首吊りの家

広之新

プロローグ

 今日は日曜日の午後の昼下がり、天気も上々だった。郊外の古い一軒家がリフォームされ、美しく生まれ変わって売りに出されることになった。今日からその内見が始まる。平屋建てだが部屋数もそこそこあり、何より広くゆったりと作られている。

 エイコホームという不動産会社の社員が次々に訪れる客に忙しそうに応対していた。客のほとんどは若い夫婦と子供という家族連れだった。社員が家の中を案内して説明していた。


「どうです? 築80年ですが、このようにリフォームしました」

「すばらしいわ!」


 若い夫婦は感嘆の声を上げ、その家に住む未来像をうっとりと思い描いていた。またその子供たちはうれしそうに大声を上げて走り回りっていた。ここを訪れた客はみな、その家をかなり気に入っているようだった。

 だがそこに場違いな者がいた。一人だけ高齢の老人が紛れ込んでいたのだ。彼はどこかの家族についてきたわけではない。彼一人でここに来たのだ。その体は不自由なようで、左側にマヒがあった。


「ご案内しましょうか?」


 社員の一人が駆け寄って声をかけた。だが老人は


「いや、いい」


 と不愛想に答えて一人でどんどん中に入っていってしまった。 その社員は同僚に肩をすくめて見せた。どうせ冷やかしだろうと・・・。

 その老人はあちこちを丹念に見て回り、板の壁をさすったり、「コンコン」と軽く叩いたりしてみた。そして何かを思い出すかのようにじっと壁や天井を眺めていた。

 社員たちは他の家族の相手をするのに忙しく、その老人をほったらかしにしていた。するとその老人は皆が気づかないうちに姿を消していた。


「あれ? あのおじいさん、どこに行ったんだろう?」


 社員の中には少し気にする者がいたが、忙しさに紛れて忘れてしまっていた。



 次の日のことだった。社員が家に入ろうとカギを差し込んだ。だが玄関のドアの鍵は開いていた。


「締め忘れたのか? 仕方ないな・・・」


 社員はぶつぶつ言いながら家に入った。すると「バタンバタン」と妙な音が聞こえた。


「何の音だ?」


 社員は音のする方に向かった。それはリビングの方からだった。そこに行くと


「うわっ!」


 と腰を抜かした。そこには首吊り死体があった。吹き込んだ風に揺れてその足が壁に当たって音がしていたのだ。社員は驚きながらもそっと見上げた。首を吊っていたのは昨日の老人だった。

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