第15話 黄金と夜明け
夜明け。
ようやく空が明るくなる頃合いにエルピダは目を覚ました。
まだ成人前の13才で、沢山寝たい年頃。しかし、幼い頃からの習慣がそれを邪魔する。
昨夜遅くまでジョージと話していたからか、うまく目が開かない。
エルピダは、温かい何かが顔に当たることに気がついた。優しくエルピダを包むようなそれは、彼女の警戒感を起こすようなものではなかった。むしろそのまま眠りにつきたくなるような。
その何かが流れてくる方向に、ジョージがいた。ベッドの上で坐禅を組む彼は、まるで後光が差すかのような……。
いや、そうではない。
「ジョージ様……?」
ジョージの背後に窓があり、光が入っている。しかし窓の光は黄金に輝くものではない。これはジョージからあふれるエネルギー。
昨夜、気さくに話した少年ではなく、高徳の司祭や霊場と呼ばれる特別な場所のようなエネルギーを放つそれは……。
「……本当に、神様なのですか?」
アインという存在から告げられ、旅路の末、虚ろの杜にまで足を踏み入れた。
本気で預言を信じていなければできないことだ。しかし、どこかに疑う気持ちがあったのかもしれない。ジョージは優しく世間知らずで、神というイメージからは遠い人柄であったから。
「おはようピダちゃん」
気さくに微笑むジョージは、昨夜雑談した彼のままだ。でも、エルピダは少し言葉をかけるのをためらうのだった。
少しだけギクシャクと朝食を終え、2人は宿を出た。
もちろん今夜も「月の雫」に泊まるつもりだ。
宿を出て、ジョージは少し買物をしたいとエルピダに話した。ちょうど朝市が始まる時間で、ディーンと待ち合わせている門への通り道にある。2人は朝市にちょっとだけ寄ることにした。
ジョージは朝市の様子を興味深そうに見ながら歩く。エルピダにとってはいつもの朝市だ。ジョージが何に興味を持っているのか分からない。
少し目を離すとフラフラと歩き出すジョージを見ながら、エルピダは街の皆と挨拶を交わす。
「お!ピダちゃん今日もきれいだね!なんか買っていけよ」
「見え見えのお世辞はお断り!」
「あ、ピダちゃん、これ買ってくれない?」
「お断り!」
「えぇえ」
「あ、ごめんなさいジョージ様!これは違くて!」
「お、この、ジョージ様はピダちゃんの恋人なのかい?」
「おじちゃん、違うよ。ジョージ様はあたしのご主人様なんだ」
「え?!えらい人なのかい?」
「うん!そうなんだ。神様なんだよ」
「ぷっ、面白い事を言うね。まぁいいや、このペンダントで良いのかい?」
ジョージの手元には直径5cmほどの丸いペンダントがあった。木製の質素な物で、星の印が黒く筋彫りされている。
この世界で広く信じられているルクスディアナ教、その中のステラ派のものだ。この辺りは太陽神であるソレイユを主に信仰するソレイユ派が多く、星神ステラを信仰するステラ派は珍しい。
白木に筋彫りのごくごくシンプルなもの。ジョージ様はステラ派なのかな?と思う。エルピダ自身はソレイユ派でもステラ派でもないが、別に嫌いではない。夜の空の見方を教えてくれたのはステラ派の司祭様だった。
「おじちゃん、これいくら?」
「銀貨一枚!」
「銅貨10枚だよ、これ。売れ残りでしょ?」
「ふふっ、ピダちゃんには敵わんな。彼氏が出来た記念で5枚で良いよ」
「だから、彼氏じゃないんだってば。まぁいいわ。5枚ね」
エルピダが銅貨を渡し、ジョージが品を受け取り、革紐で首からぶら下げる。
「ジョージ様、ステラ派だったんですか?」
「ステラ派?」
「ルクスディアナ教の」
「いや、違うよ。これ、魔術に使えると思ってね」
2人が話しながら歩いて、ほんの少しで昨日通った門に着く。
バラバラと人の出入りがある門の側で退屈そうにディーンが立っている。
「おはよーディーン」
「あ、どうも」
明るく呼びかけるディーンと、何となくこそっと挨拶するジョージ。2人の様子を見て少し不機嫌になるディーンが鼻を鳴らした。
「ちっ、おせーよ」
「遅くないよ、まだ日が昇ったばっかりじゃない」
言いつつエルピダとディーンは門を出て行く。ジョージは後ろからついていく。何となく2人の会話に入りづらい。それに今のジョージはそれどころではなかった。
2人の後ろを歩きながら、ステラ派とやらのペンダントを握りしめ、自分に取り込んだエネルギーを流す。このエネルギーはマンガや小説なら魔力と称する物なのだろう。その魔力を生命の木の10番のセフィラであるマルクトの波動に変えペンダントに通す。
いつの間にか、ステラ派のペンダントは、ただの白木では無くなっていた。黒、レモン、あずき、オリーブの四色に塗り分けられている。
この世界の住人には見慣れないそれは、ジョージにとって、いや黄金の夜明け系魔術を嗜む魔術師なら見慣れたもの。地の魔術武器である。
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