第14話 月の雫の夜

 2人がギルドを出ると、当然のようにディーンが着いてくる。エルピダは断固拒否の姿勢を見せるのだが、ディーンはジョージへの謝罪の意味も込めて今後も助けたいという。

 結局押し問答というかじゃれ合いというか。そんなこんなでディーンは目的の宿まで着いてきていた。


「ほんと、いい加減にしてくださいね。」

「分かったよ、さすがに宿の中まではいかないから。」

「当たり前ですよ。ジョージ様も迷惑ですよ?ね?」


 そうは言われても、ジョージも中々イエスと言えない性格で、一瞬躊躇してしまう。

 その後を引き継いだエルピダ曰く、


「ジョージ様はお優しいからこうだけど、私は違うからね」

「お、おう。じゃ、またな!」

「もう来んな!」


 コミュ強とはこういう物であるか、と、ジョージは感心する。やはり、社会人経験があっても対人関係が苦手なのはどうしようもない。


「つきのしずく……?」


 ジョージにはその文字が読めた。表音文字で、恐らくアルファベットに近い。ジョージの中では初見のはずの文字が難なく読める。気持ち悪い話であると共に有りがたい話でも有った。

 ジョージは魔術師だ。

 魔術師とは日本語の書籍のみならず英語やその他の言語にも手を出すものだ。日本語の書籍はどうしても少なく、海外のもの、特に供給の豊富な英語が使えないと辛い。

 剛の者はギリシャ語ラテン語にも手を出している。さすがにジョージには英語が精一杯ではあったが。

 その経験からすれば、未知の言語がなんの苦労もなく読めるというのは本当にありがたいはなしであった。ただ、その事はジョージに不安をもたらす。


 自分はどこまでのだろうか。


 そんな事をジョージが考えている間にもエルピダは宿の人と話をして、部屋の交渉をしている。2人部屋になっているようだ。まぁジョージも日本では三十路超えの男である。今更女性と二人きりだろうがうろたえることは無い。そもそも、昨夜は野営で一緒だったのだ。相手は未成年。事案さえ起こさなければいい。そう考えている。


 部屋の準備をして貰う間に、食事を摂る。宿の一階は酒場を兼ねているようだったが、既に人の姿は無い。ジョージの感覚ではまだ深夜にはほど遠い。恐らくまだ宵の口だろうに、ここは感覚の違いだろうか。


 飯は味が薄いスープと酸味の強いパンだ。後、何か肉を炙ったものが付いている。多分鳥だと思うが、やたら美味い。スープとパンが独特な分、その肉のうま味が印象に残った。


 食事を終えると、エルピダは宿の人間に声をかける。鍵を預かり二階への階段を上る。この辺りはフィクションと同じだなとジョージは思う。


 部屋は薄暗い。灯りはカンテラ一つ。ベッドが二つと、食事用のテーブルが一つあるだけの部屋だ。


「明日から、ですけど。」


 口を開いたのはエルピダだった。ジョージはこんな時くらい主導権を握らないとと思うのだが、中々上手く行かない。


「懐事情はどうなのかな?それ次第だとは思うのだけど。余裕があるなら、俺は自分の能力をもう少し検証したい。」

「懐具合は、贅沢しなければ5日ほど。切り詰めれば1週間。でも、ギリギリは危ないので、適当なところでお金を稼ぎたいですね。」

「あぁ、それでどんな事をしてお金を稼ぐのかな?賊を探して回るって訳にもいかないだろうし、それに、俺が何か役立ちそうかな?」

「まずは虚ろの杜周辺の害獣や魔物を狩りますよ。それに、ジョージ様のあの光の魔法はすごいですからね。きっとすごい成果が得られます。」

「まぁそれなら良いんだけど。明日はどうする?」

「街の外で狩りをしながら検証できそうです?」

「まぁ多分。ケテルが使えたのなら、他のセフィラも何か出来るだろうし、地球の神殿と同じかもっとすごいことが出来るかもと思うと、ワクワクする。」


 そこから、2人はお金の話を多少した。ジョージとしてはある程度常識を掴んでおきたかったし、エルピダもジョージのことを知りたかった。


 基本は銅貨だ。簡単な食事は1,2枚で買える。感覚的には100から500円といったところか。銀貨は銅貨50枚、金貨は銀貨20枚。つまり金貨は銅貨1000枚ということだ。

 銅貨より安いものは鉄貨がある。鉄貨は店によっては受け付けて貰えない。物々交換の場合も或る。大体量り売りやらで適当なのだ。

 露店なんかでは釣り銭があまりない場合も多い。銀貨で買う客は嫌われるし、拒否される。金貨なんてもってのほかだ。

 確かに、100円のお菓子を買うのに10万円出されても嫌がらせだ。


 あと、街の物価。武器防具。そんなものは実際に明日見てみようということになった。ジョージはこの世界の魔術師の装備を付ける事になるが、それがどの程度役に立つのか、実際見てみないと分からない。


 徐々に話せる話題が増えて、会話も盛り上がり、2人が寝たのはすっかり夜も更けてのことだった。

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